【爆弾事件】

夜の11時はナイトクラブノーチェの開店1時間前。

「えー…ゴホン、私は新人ホストのWAKAです!ヒューキャストでみんなからは若旦那やら
若様などと呼ばれてますが、みなさんはワカ!っと呼んでください!…ん〜いまいちか…」
早めに来て挨拶の練習をしていた。
前回からここで働くことになった私は少し緊張気味だ。
ハンターズになってから仕事を見つける事になるとは思わなかった。
給料も悪くはないけど、自分としてはバトルの相手を見つける手間がはぶけたことの方が嬉しかった。
「今日からよろしくお願いしま〜す!」
静かな店内で自分の声だけが響いた。
「よし!完璧!」
そう言って後ろを振り返ると、銀髪をなびかせた長身のハニュエールことノーチェのママ、KAMUNA=ARK…。
通称[姉様]が立っておられました(何故敬語かは不明)。
「こちらからも宜しくお願いするわ、ワカ」
「ありがとうございます!」
「アナタ、宣伝が志望だったかしら?」
「え!?あ、いやそういうわけでは…」
「ふふ…そんなにかしこまらなくてもみんな優しいから心配ないわよ」
少し笑った後、姉様は店の奥に入って開店の準備を始めたようだ。
私は何も命令されてはいなかったけれど、自然とカウンターの上をおいてあった専用の布で拭いていた。
キュッキュッ
すでに拭いてあるようだったが少し汚れていた。 これは手抜きだ。机の上には指紋がまだいくつか残っている。
強くこすればすぐ取れる指紋も、時を重ねていくごとに取れ難くなっていくことをよく解っていないのだろうか。
キュッキュッキュッキュッキュッキュッ…
こすればこするほど汚れが消えていくのに爽快感を覚えた。
今度姉様に自分を[衛生官]にでもしてもらおうかと思った。
キュッキュッ…ピタッ
「あ…」
よく見ると足元にカバンが落ちている。よく洋画でみかける固そうな銀色のアタッシュケース。
そういえば前にこういうシチュエーションで、同じようにカバンを見つける場面があったような気がする。
たしか…そのあと…爆発したような…。
チッチッチッチッチッチッ…
「うおおっ!?」
思わず後ずさりしてしまった。お約束の音が私に聞こえたからだ。
「…うぅ…落ち着け…落ち着くんだジーン…」
既に錯乱状態だ。ジーンというのは私にもよく分からない。
たしか白い悪魔に最初に倒された人だったような…。
そんな大混乱の様子を、早めに出勤していたヘッポコさんが見ていた。
「そっ…それはまさか…」
そうなんですよ爆弾ですよきっと、なんとかしてください…ってオヤ?
ヘッポコさん、なに私をニラんでるんです?
「ふふふ……ファットマン…お前の爆破ショーもここで終わりっすよ!!」
え?それは私か??太っているのか私は?というか私が犯人扱いか!?
「食らうがいいっす!!」
「だーー!?やめろおおっ!!」
バキッゴスッゲシッ
気絶させるだけのつもりが、口から少し血がたれる状態まで殴ってしまった。
とりあえず放っておいたら危険そうなので、そこの部屋のロッカーにでも隠しておこう。
「あら?今ヘッポコの声がしたような気がしたんだけど?」
「いいえ、見てません」
このままでは私が犯人扱いされてしまう…すまんヘッポコ。
「姉様、ちょっと出かけてきます」
「あらそうなの?開店までには戻ってきて頂戴ね」
「了解しました」

とりあえず落ち着く所にアタッシュケースを持ってきた。
置いて来たかったが、それではノーチェに被害が出てしまう。
なのであまり人が寄ってこないラグオルの森エリアにコレを持ってきた。
「これで一安心…」
「お!ワカじゃないか、何してんだそんな端っこで」
真後ろのゲートからトモが現れた。
タイミング最悪というやつか。
「なんだそのカバンは?」
「何でもないない決して爆…あ」
「ばく?」
「ばく…ばっく…バックしま〜す…なんてな」
少しずつ後ろに下がりながらの迫真の演技。
しかもその後ろに持っているのは爆弾が入っているかもしれないアタッシュケース…。
「なぜこんな物の存在に気付いてしまったんだろう」
と心の中で泣き叫んだ。
「大丈夫かお前?」
「ん!?何かおかしいところでも!?」
「い、いや別に」
「そうだろうそうだろう私は何もおかしくないぞぉ!!じゃあ先にノーチェに行っててくれ!!」
私はその場を一目散に走り去った。
「お前はどうすんだよ〜!!」
トモが何か言ったようだったが、私はもうその場から消えていたので耳に届くことは無かった。

その頃、開店10分前のノーチェでは出勤してきたホストやホステス達が開店の準備をしていた。
「ワカは?まだ帰ってきてないの?」
「来てませんね、姉様。私ちょっと見てきましょうか?」
「駄目よオーナー、新人だからって優しくしちゃ」
「そうですね、遅刻してきたらどうします?」
「そうね、クラブのショータイムで射的の的になってもらおうかしら」
「アンドロイドならそれぐらいが妥当ですね」
「冗談よ」
「でもなんか怒ってません?」
「そうかしら?」
「冗談です」
「ちなみに私は何もやらないとは言ってないわよ」
「じゃああえて聞かないことにします。では帰ってきたら報せてください」
「あら?オーナーもどこか行くの?」
「いえ、驚かそうと思いまして…アレ?」
「どうしたの?」
「ここにあったカバン知りません?」

森エリア2。雨が降る中に私はかろうじて立っていた。
なぜかろうじてかというと、アイテムパックになぜか収納できないアタッシュケースを片手に持っているから。
いっそここに置いて逃げてしまおうか。
「あ、そっか」
よく考えたら別に置いて行ってもいいじゃないか。
ここなら人目につくこともまずないし、なにより自分がやったとは思われない、よしイケル!
「どっこいしょ…っと」
とりあえず(慟哭の森クエストの一番始めに子供ヒルデがいた所)小さな穴にソレを置いて離れようとした、が。
パカッバタン!
置いた拍子にケースが開いた!
「わっ!!…ってアレ?」
なんとアタッシュケースには学校で音楽の授業の時、リズムをとるために出てきたあのチッチッチッというアレが入っていた(名前は忘れたw)。←ママよりツッコミ「メトロノームね」
「なんじゃこりゃあああ!?」

開店2分前。私は何とか生き延びていた。
新人が遅刻なんてのは悪い事この上ない。
「すいません、ギリギリで」
「いいのよ、気にしないで」
「濡れてますねぇ、森にでも行ってたんですか?」
オーナーはずぶ濡れの私にタオルを渡してくれました。
いい人だ…。
ありがたくタオルで顔をふいた後。
「これのせいでさんざんでしたよ」
足元に置いておいたケースを見るなりにオーナーの表情が変わった。
「これ私のじゃないですか!」
一瞬店内が静かになったあと、私は武闘家の必殺正拳突きをオーナーに放ちましたが見事にかわされてしまいました。
そうそう、殴ったといえばそのころのヘッポコはまだロッカーにいました。
ちなみに発見されたのは一週間後であった。



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