ラグオル政府の城下町、市役所の中の一角に他とは存在を異にするところがある。ここは、政府直轄の遺伝子研究所の販売部門なのである。 ヒューマン、ニューマンを問わず、遺伝子欠損等により子供を望んでも産む事が適わない方が存在している。そのような方々の為にこちらでは双方のDNAを摘出して、新しい命を誕生させるのである。他にも、養子としてニューマンを貰い受けたい場合等も引き受けている。 ただし、後者の場合は厳重な調査を行った上でないと引き受けることはできない。発足当初に、養子を性奴隷として扱っていた事実が存在していたためである。なにはともあれ、その類の希望を承るのがここと言うわけである。 自動ドアが訪問者の到来を感じドアを開ける。 その向こうにいた、おそらくここの担当の課長であろうものが、 「いらっしゃいませ・・・しゅ、主任・・・!どうしてこちらに?」 その者、クリスは若干驚いたようである。 研究所自体はバイオハザードの危険性がある関係上、一般居住区、ハンターズ居住区とは隔離された所に存在している。研究所の主任は遺伝子関係総ての主任である。販売部門とて例外ではない。多忙ゆえに他へ出張などということはできないと聞いている。それ故に、自分から訪れた事はあったにせよ、主任がこちらに来たという記憶はない。 「クリス、主任という言い方はやめてくれないかしら。もう私は退官したんですからね。」 疑問はすぐに解決した様である。確かに今年度末で退官するという書類が来ていた事を思い出した。 「あ、そうでしたね。失礼致しました。それでは、千影(ちかげ)博士で宜しいでしょうか?」 この女性の名前は千影と言う様である。並びに博士の称号も持っている。その肩書きとは裏腹に外見其の物はどうみても20前後の可愛らしい女性にしか見えない。 「博士もいりませんよ。知らないうちに就いてきた肩書きなど必要ありませんからね。」 「わかりました。これからは、千影様とお呼びしますね。それでこちらにはどのようなご用件で?」 ここにお客が来る場合は例外を除いて上記の2通りであるし、一人でという事も考えればこの問は愚問ではあろう。ただし、客に対する礼儀としては正しいのである。 「礼儀正しいのね、簡単に言うわね。私は養子を戴きたいのよ。」 クリスは受付書類の中から養子受付用の書類を出してくる。 「承知しました。詳細を述べていただく前にIDカードの方提出していただけますか? 千影様でしたら身元の方は大丈夫でしょうが、一応規則ですので、お願い致します。」 千影は静かに机にIDカードを置き、受け取ったクリスは、側にある機械に挿入する。その機械からは基本情報が3D投影で表示されている。 名前:千影 性別:女 年齢:50 種族並びに得意分野との統合名:フォニュエール 本籍:・・・・・・・・・・・ 住所:同上 取得免許・称号:特殊狩人資格 工学博士(遺伝子工学) 文学士(人工生物心理学) 上記の者に関しての情報に関しては、原本と相違無い物とする。 パイオニア2市民区長 外見と年齢との差があまりにあるように思えるが、、これは、彼女が産まれる時に不老手術を施されていたからである。現在のニューマンにおいても度々こういう者はいるのではあるが、精神との均衡が取れない者も少なくはない。 「以上の点におきまして、ご変更等はありませんでしょうか?」 「ええ」 「一般の方なら、調査に1週間以上かかる場合もあるんですが、これなら今日でも大丈夫かと思いますよ。 特にハンターズの資格をもっておられる方はと調査が本当に早く済むんですよ。他の品もありますからね、今日にも降りるかもしれませんよ。」 「あら、うれしいわね。そうね、気が早いようなんだけど、希望言っていいかしら?」 「そうですね、宜しいですよ。どのような子をお望みですか?」 大抵の客が成人かそれ相応の姿態にまで成長したものを求める場合が多い。その場合には、ある程度、性格の方を刷り込んでおかざるを得ないのである。大体、製作には半年から一年は要するのである。それ故、費用もそれなりにする。 ちなみに、受精卵から赤子を産出する場合の費用、冒頭における前者の場合はそこまで費用は掛からない事を付け加えておく。 「確か、いたわよね、宙に浮いた子が。その子を戴きたいのよ。」 一瞬意味を図りかねたクリスだが、その意味がわかって、 「・・・菖蒲のことですか、確かに表には出せませんから、有難いのですが・・」 表には出せない、というのは売ることができないということである。このような販売目的の場合は、あらかじめ創っておくなどという事はできない。1つとはいえ、有人の培養槽を維持するのには、無人の培養槽よりも維持費やその他諸々が必要になる。それを強いてまで、出せない理由とは・・ 「私は詳細な理由までは知らないのよ。出せないということしか知らないのよね。良ければ教えてくれないかしら。」 「その件に関してはちょっと待っていただけますか。正式に許可が下りて、そして誓約書に記載していただいた後で、お知らせしたいのです。どうやら後30分もかからないそうですよ。それまでお待ち下さいませ。」 傍らにあるPDAには調査報告が送られてきている。人間面、家庭環境、金銭面、又その他諸々に関した資料が送られてきているようだ。 「ええ、構わないわ。その辺り歩いてくるわね。」 「承知しました。ですが、呼び出しはできませんので、その旨は宜しくお願いしますね。」 これは、資産家等が多い為、狙われる事を考慮してのことである。不便かもしれないが、起こってからでは遅いのである。 *25分後* 「5分前に到着・・・やっぱり一線の方は心構えが違いますね」 「ちょうどだと怒られる事があったのよね。だからもう癖よね。それでどうかしら?」 「ええ、許可のほうは下りましたよ。購入許可も菖蒲の方も」 机には一枚の書類が置いてあった。 「それで後はこちらの方に記名をすれば終わりかしら?簡単すぎないかしら?」 「貴方の旧職場の方々が代行してくださるそうですよ。貴方の後の主任様が直々に行うそうですよ。あと、料金の方も今までの維持費だけで構わないっておっしゃってます。」 書類の中ほどには料金が書いてあった。それは千影が予想していた金額、普通に行った場合の料金の3割、4割の金額であった。 「いいの、本当に?」 「ええ、菖蒲の事、上の方は軒並み知らないようでして、お話ししました所賛同していただきましたよ。私は、できるだけ早くこの子が幸せになってほしいんですよ。」 「それよ、一体この子に何があったのよ」 聞くなりクリスは少し目を細めて・・ 「あの子、菖蒲はホステス兼売春婦として初めは創られたんですよ。ご存知でしょう、あの類の職業がハンターズの方に対して行う場合政府の直轄にならないといけないというのを」 「行った事はないけど、そうらしいわね、危険が伴うからね」 ベトナム戦争や湾岸戦争を例に取るまでもなく戦から戻ってきた者に関しては、精神が未熟な者でなくとも犯罪等を起こす確率が非常に高い。苦肉の策としてパイオニア2は上記のような方法をとったのである。 千影の言った危険とは、顧客のことでなく、それに接する側の危険のことである。 エイズなどの病に関しては事前に検査を行うことで解決できるが、いつ何時未知のウイルスや遺伝子変異、其の他の事でも危険が伴うハンターズならば、その者に接する者も同様の危険に晒されていると言っても過言ではない。 万が一の事態、この形なら責任、補償等もはっきりできるからである。 「それで、あるクラブから来たんですよ、依頼の方が。きちんと政府の承認を経て、菖蒲は順調に生育していったんですよ・・・でも、産まれる半月くらい前に、そのクラブの方が政府高官との収賄容疑で、政府の承認とやらもそうだったのでしょうね・・、菖蒲はその時からずっと培養槽の中で眠ってたんですよ・・・」 「そうだったのね・・」 「あの子を出せない理由は、もう一つあるんですよ。性格設定がそういう向けに、尽くすことしかできないようになってるんですね、色事等を苦痛と捉えられてはいけませんでしたから・・初めは娘として接しててもいつそういう扱いをされてしまうか・・・、それが怖かったんですよ、私達は・・」 少しの静寂・・そしてクリスが、 「だからこの子、幸せにしてあげてくださいね、お願いします。」 「・・・わかりました。自分のできる限りの事はするから心配しないでね。」 意思のある声、それが何よりもクリスには安心して聞こえたようだった。 「あと・・・これは、研究所のミスなんですが、菖蒲は右目が欠損してるんですよ」 「カビでも入ってたのね・・・・私の方にも何年かに一回は廻ってきたものよ。でも、部位を削除するまで至ってたなんて・・わかったわ。」 その他細かい打ち合わせが少々の後、無事終了。 その約一週間後、場面は千影の自宅、目の前には菖蒲を格納した培養槽が必要最低限、24時間以内に開封される事を想定した形で運び込まれていた。そして、運搬員は運び終わると速やかに退室していった。 千影は初めに中に入ってる者を外気呼吸にさせるための準備をさせるために裏側にあるスイッチを押した。こうすることで約30分くらいで移行期間へと移る移行期間は約1時間その間に出してあげないと死んでしまうことになる。その培養槽に被せられているカバーを静かに剥ぎ取っていった。 「綺麗・・いつみても・・」 そこには、菖蒲が培養液の中で静かに漂っていた。言っていた右目は確かに削除され横一文字に刃の跡が残っていた。それすらも、美しかった・・戦乙女・・菖蒲がそう見えた・・ しかし、感傷に浸っている時間はない、移行期間に移ってしまったのだ。 「擬似羊水を排出して、出す場所はお風呂場に・・」 排出している間に寝かすための布団を敷いた。自分が普段寝ている為に用いている物である。 排出が終わり、培養槽の蓋が開き、菖蒲の体が機械によってゆっくりとカプセルから外に出てくる。布団の場所がずれていたので、修正してうまく載るようにし、かくして、あとは目覚めるのを待つだけとなった・・・ 静かな時・・この時が一番千影にとって嬉しい時でもあるし、心配な時でもある。 心臓の鼓動が聞こえてくることが・・・・・ 「ん・・・」 微かに動いた・・ 瞼が蛍光灯によって開かされ、そして、目を明け半身を起こすなりいきなり 「ご、ご主人様はじめまして、今日はどんな行為をお望みでしょうか・・。 え・・・女の方・・?」 「くすくす、私は千影、貴女を買ったという意味ではそうかもしれないけど、私は貴女に私の娘になってほしいのよ。」 「え・・・?」 ・・・・・・・・・・・ 「ということなのよ」 「菖蒲は、こんな風に生まれたのか・・」 ここは、鳳研究所の千影の部屋。 そして、先ほどの話を聞いていたのは、研究所の中でも異彩を放つ風牙である。普段はがさつで人の言うことなど聞かないのだが、この部屋においては精神退行を起こして、言葉遣いはともかく性格は幼くて素直になってしまう。 例えば、カップ一つ持つにしても変化がある。いつもなら片手で粗雑に扱うのだが、両手で抱えるように持ついわゆる「赤ちゃん持ち」に変わってしまう。ここ最近は特に退行化が進んでいるのだが、本人はまったく気付いていないのである。 今日は一緒におねむの日なのである。風牙には一緒の布団で母親と寝ているのと同じなのである。この話自体も、眠れないから何か話せといわれて話したのだ。 「・・・・ありがとう、おやすみ・・」 話し終わると、聞き疲れたのか、瞼を閉じ始めた。 「ええ、・・・お休みのキス・・」 頬にキスをされた風牙は幸せそうに眠りにつき、そして、千影も眠りについた・・・・ |