It was feared system 第1話「始まり」
ここはパイオニア2の63−7−5区画にあるclub「ノーチェ」である。
今日は営業日ではないので、店内には誰1人居る気配が無い。
だが、そんな店内に1人の女性が居た。
コツッコツッコツッコツッコツ…
誰も居ない暗い店内に、彼女のハイヒールの音だけがする。
髪は銀色で長髪、左眼にはその美しい顔には不釣合いな黒い眼帯を付けていた。
その彼女が店内の奥に向かった時、何かを察したかの様に立ち止まった。
そして腰に付けていた刀を鞘から抜き取り、店内の奥の方へと何かを警戒しながら歩み寄った。
奥の部屋に入った瞬間、彼女は視界の効かない真っ暗な部屋の中のドア隅に居る、
相手の首元に自分の持つ刀の刃を突き立てた。
しかし相手もまた、彼女の首元に刀を突き付けていた。
部屋は暗く、相手が誰なのかは彼女には解らなかった。
少しでも動けばやられる、隙を見せた者が負けとなる、彼女はそう悟った。だが…。
「あ!し…失礼しました、アークさん」
その声の主は、彼女に刀を突き付けていた人物である。
彼はそう言うと、すぐに刀を自分の腰に掛けていた鞘の中へ納めた。
アークと呼ばれた彼女には、この人物が誰なのかは大体解ったようだった。
彼女ことカムナ=アークはこのナイトクラグ「ノーチェ」のママである。
従業員・お客様問わず様々な人たちからママ、女王、等と他にも様々な呼び方をされている方で
ある。
「こちらこそゴメンなさい、でも…こんな夜中に何をしていたの?船橋」
彼女はそう言いながら持っていた刀を鞘に戻した。
そして部屋の中の明かりを付けようと壁の方へ歩み寄った。
「あ…その…ちょっと店内の掃除を…」
船橋と呼ばれた彼がそう言うと、部屋の明かりがついた。
そこに立っていたのは、全身紫のボディーに包まれ、腰には刀を数本掛けているアンドロイドだった。
「あら、掃除をしてくれていたの?」
アークは、船橋の方へと体を向け言った。
「は…はい、あ、私、明日遺跡の探索でノーチェに来れないので…あ、来週なら来れ
ると思います」
「そう、わかったわ。アナタなら大丈夫だとは思うけど…、最近遺跡の方でまた行方
不明者とか多く出てるから、アナタも気をつけて頂戴ね。お掃除ご苦労様」
「はい、承知致しました。あ…掃除…続けてもいいでしょうか…?」
「えぇ、明日の営業の為にも綺麗にしといて頂戴な。掃除が終って店を出る時は、戸締り
もちゃんとして鍵も掛けておいてね。アタシはもう少ししてから帰るから」
アークは少し微笑しながら言った。
「承知しました」
そう言うと、船橋は店の奥へと向かって行った。
アークはそれを確認すると、カウンターの方へと向かい椅子に腰掛けた。
そして自作のスプリッツァーを飲み下した。
*スプリッツァー*
白ワイン3/5とソーダ2/5のワインカクテル。
氷を入れたグラスに注ぎ、軽くステア (カクテルをつくる四つの技法のひとつ。
ミキシング・グラスに氷と材料を入れ、 バー・スプーンで混ぜたあとグラスに注ぐ物)
したものである。
…翌日 ノーチェ営業終了10分前…
「ふぅ…やっと依頼終了ですね」
そう言ったのは、長髪のフォーマー、レイであった。
彼は最近新しく入った、ナイトクラブ「ノーチェ」の従業員ホストである。
従業員やお客様からはレイ、零等と呼ばれている。
「えぇ、営業終了まで…あと10分近くあるが…どうする?」
レイに続けて言ったのは、同じくノーチェ従業員の新人、ローウェンであった。
彼はナイトクラブ「ノーチェ」の従業員ホストである反面、裏ノーチェと言う、表ノーチェでは受けつけない
依頼等を受ける側にも籍があると言う噂だ。
「そうですね…お店の掃除とかもしないといけませんし…それに、営業報告もしない
といけませんからお店に戻りましょうか」
そう言って、レイはローウェンの方へと向き返った。
「うぃっす」
ローウェンがそう言うと、レイは転送装置へと入った。それにローウェンも続いた。
「あら、お帰りなさい」
そう言ったのは、店内の片付けをしているアークだった。
「ただいま戻りました」
「ただいま〜」
レイとローウェンも、それに続いて返事をした。
「あれ?他の方々はどうなさったんですか?」
レイは店内を見渡しながら言った。
「ドロテアは貴方達が依頼に出かけた少し後に帰ったわ。アオイと雪風はまだ依頼中
ね。サムライとセシルにライフもまだ依頼からは帰って無いわよ」
「じゃあ俺達が依頼を終って、一番乗りですか?」
ローウェンは腕を頭の上で組み、そう言った。
「ふふ、そうなるわね」
「あ、片付け手伝います。ママさん」
そう言ってレイは、テーブルの上に残ったグラス等の片付けをし出した。
「あら、有難う。今日は依頼だけで終ったからそんなに手間は掛からないと思うわ」
「あ、じゃあ俺先に控え室に行って来ます」
そう言って、ローウェンは店の奥へと歩み出した。
「あれ、そういえば船橋さんはどうしたのですか?今日はまだ見てないのですが…」
レイは洗い場へグラス等を持って行く途中、アークの方へ振り向き聞いた。
「船橋なら、今日は遺跡に行くって言ってたわよ」
アークはソファーに腰を掛け、レイに視線を向けるとそう言った。
「そうでしたか、解りました」
そう言うと、レイは洗い場へと行こうとした。その時…。
「そういえば…」
アークが何やら考えこむ様なポーズを取り、そう言った。
「はい?」
「もう1人の船橋は戦闘が好きみたいなのよね…、どうして2重人格なのかしら…」
「あ…性格が全くの逆ですよね…店内に居る時の船橋さんと戦闘中の船橋さん…」
「性格が変わる時、アイツの眼も変わりますよ」
そう言ったのは、控え室から戻った私服姿のローウェンであった。
「あら、そうなの?」
アークはローウェンの方へ振り向き、そう言った。
「えぇ、店内とかに居る時は両目が青色、戦闘中は両目が赤色ですよ」
ローウェンはそう言うと、近くにあったソファーへと座り込んだ。
「そんな違いがあったんですか…」
少し感心しながら、レイはそう言った。
「まぁ…なんで2重人格なのかまでは流石に知りませんがね。って言うか、なんで
FNBの奴「船橋」なんて呼び名になってるんです?」
そう笑いながら、ローウェンは言った。
船橋こと、FNBとはハンターズ登録名が「FNB-103」であり、「船橋」とはノー
チェでの呼び名である。
彼もこのナイトクラブ「ノーチェ」に、レイと同時期に入った新人の従業員ホストである。
「あぁ、それはFNBじゃ言い辛いって事で、「F=ふ」「N=な」「B=ばし」っで
「船橋」だそうですよ。えっと…付けたのは…」
レイは少し笑い気味であった表情を変え、あだ名を付けた人物の名前を思い起こした。
「ふふ、それはカルラね」
アークも少し笑いながら言った。
「あ、そうだわ」
その時、アークは何かを思い出したかのように手を叩いた。
「どうしたんです?」
「何です?ママさん」
ローウェンとレイは、アークに視線を向け問いかけた。
「この間良さそうなカフェを見つけたんだけど、一緒に行かない?勿論アタシのおごりでね」
「良さそうなカフェですか…いいですね、それじゃぁ…お言葉に甘えさせて頂きます」
少々苦笑しながらもレイはそう言った。
「仕事帰りには良さそうですね」
そう笑いながら言ったのはローウェンである。
「それじゃぁ決まりね、ちょっと外で待ってて頂戴な。店の戸締りとか確認して来るから」
そう言ってアークは店内の奥の方へと歩み出した。
「解りました」
「はい」
数時間後…
「ここよ」
アーク達はある一軒の店の前に居た。
「Cat,Cafe…」
「猫の…カフェ?…」
ローウェンが首を少し傾げながら言った。
「店内に猫が一杯いたらいいですね〜♪」
嬉しそうに言ったのはレイである。
「ふふ、居るわよ、何匹か」
レイを見ながらアークはそう答えた。
「えぇ!?ほ…本当ですか!?」
「えぇ」
クスクス笑いながらも、アークはそう答えた。
「へぇ〜、パイオニア2にもそんなカフェがあったんですね〜」
関心しながらローウェンは言った。
「立ち話もなんだから、早く入りましょう」
苦笑しながらアークは店内へと足を運ぶ。
それにレイ、ローウェンの順で後へと続いた。
パイオニア2には珍しい手動式のドアを、アーク達は押し入った。
同時に、店内には鈴の様な音が鳴り響いた。
店内には客は誰一人おらず、カウンターにマスターらしき人物が居るだけであった。
またアークが言った通り、店内には数匹もの猫が居た。
アーク達は近くにあった空きの席に座った。
「さて…何にしようかしら…」
アークはテーブルの隅に置いてあったメニューを手に取り、それを開いた。
「何かオススメとかはあるのですか?ママさん」
レイもメニューを見つめながら言った。
「ごめんなさい、実はアタシも初めてなのよ。名前と雰囲気が良さそうだったから誘ったんだけど…」
そう言いながらアークはメニューのページをめくる。
「あれ?じゃぁ何で猫が居るなんて知ってたんですか?」
ローウェンはメニューから視線をアークに移し言った。
「それは入り口のガラスで外から見えたのよ。猫が3匹程じゃれてる所をね」
アークは苦笑しながら言った。
「あ、これなんかどうですか?「今日のオススメメニュー」とか言うの」
レイがそう言うと、メニューをテーブルの上に広げその項目を指差した。
「いいわね。他にめぼしい物は見当たらないし…」
アークはそう言うとメニューを閉じ、元あった場所へと戻した。
「ローウェンさんも宜しいですか?」
レイは隣に座っているローウェンへと振り向き、聞いた。
「えぇ、宜しくお願いします」
「あ、じゃあマスターさーん、今日のオススメメニュー3品お願いしまーす」
レイがこの店のマスターと思われる人に向かって言った。
カウンターにいたその人物は、こちらの方へと向くなり首を少し縦に動かした。
「何が来るんですかね〜…」
ローウェンはカウンターの方を見ながら言った。
「3品とも同じような物が来るんでしょうね…多分…」
アークも少しカウンターの方を見て言った。
「今度は3人だけじゃなくて、新人組のセシルさんやサムライさんや船橋さんも誘っ
て来ましょうよ」
そう言ったのはレイであった。
「ふふ、確かに良さそうね。でもセシルはともかくアンドロイドのサムライと船橋は
どうするのかしら?」
アークはレイの方に向き返り、少し笑いながら言った。
「サムライさんと船橋さんは、流し込めば大丈夫です」
笑いながら、レイは答えた。レイがそう言い終わった後…
「お待たせしました」
微笑を浮かべたマスターが、アーク達が注文した物を持って来たのである。
そしてテーブルにその注文された物をマスターが置く。
しかし、アーク達はそれを見て困惑した。
最初に置いたのは、逆三角形に丸底のカクテルグラス。
次に置いたのが、気品のあるティーカップ2セット。
同じメニューを頼んだはずなのに、置かれたのはそれぞれ違うものだった。
「あの…これは?」
困惑しながらも、ローウェンはマスターの顔を見上げながら言った。
「あぁ、これは失礼しました、貴方方は当店は初めてでしたね」
そう言うとマスターは、最初に置いたカクテルグラスに手を差し伸べて話を続けた。
「こちらは当店のオリジナルカクテルで「プリン」です。氷を入れたグラスにアド
ヴォカートと牛乳を入れステアした物で、その上にカルーアを浮かべた物です。っと
言っても、カクテル好きの貴方には説明するまでも無いかもしれませんね」
マスターはアークの方に視線を動かしそう言った。そして話を更に続けた。
「甘口でアルコール度数は中。女性向けで、見て楽しむにも宜しいカクテルです」
そう言うとマスターは、カクテルグラスをアークの方へと軽くスライドさせた。
そして次に手を差し伸べたのは、本星の古代、中世時代辺りの模様を模したティーカップである。
「これはハーブティーでしてマローブルーを使用しております。
マローブルーは、柔らかな飲み口とやさしい香りを持っておりまして、お湯を注いだ
直後は鮮やかな青色、しばらく経つと薄紫色、レモンを入れるとピンク色、と多彩な
色の変化が魔法のように楽しめる物でもあります。普通のマローブルーはそうです
が、ラグオル産のマローブルーは虹色と更に多彩な色に変化する物があるんです。本
来の色は誰も知らず、何度もその姿を偽る…そういう考えも出来る物です」
そう言うと、先程と同様にティーカップをレイの方へと軽くスライドさせた。
「貴方が何故その様な格好をして居るのかは知りませんが、努力はきっと報われますよ」
マスターがレイに向かってそう言うと、軽く微笑んだ。
「さて…最後は…」
マスターは先程と同じ様に、ローウェンの目の前のティーカップへと手を差し伸べた。
「これはローズヒップとハイビスカスをブレンドした物です。さわやかな酸味のきいたやさしい味ですが、そのルビーレッドの美しい色合いは午後のひとときを優雅に演出してくれる物です」
そうマスターが言い終わると、同じ要領でローウェンの方へとティーカップをスライドさせた。
「どうやら、貴方は先輩に大分こき使われている様ですね」
マスターは苦笑しながら、ローウェンの方を見た。
「では、ごゆっくりどうぞ」
そう言うと、マスターはカウンターへと戻っていった。
しばらく3人は、訳が解らないと言った感じで呆然としていた。
「あ…」
最初に口を開いたのは、アークであった。
「アタシ…カクテル好きなんて言ったかしら…?」
「い…いえ…多分一言も…」
次に口を開いたのはレイであった。
「そう…不思議ね…そういえばカフェにカクテルなんか置いてあるなんて珍しいわね」
そうアークが言い終わると、アークは先程自分の前へとスライドされたカクテルを手に取った。
「あ…そういえばそうですよね。でも…敷地が限られたパイオニア2だからこそ…か
もしれませんよ」
そう言って、レイもティーカップの取っ手を持った。その時…。
「あれ、レイ、膝に猫が…」
横に居たローウェンがそう言った。
「え?」
レイはそう言うと、自分の膝の上へと視線を向けた。
そこにはいかにも眠たそうに目を細めた虎じまの猫が、レイの膝の上で丸くなっていたのであった。
「あ、い…いつの間に…」
苦笑しながらもレイは言った。
「ふふ、油断なら無いわね」
アークは、レイを見ながら少し苦笑しつつ言った。
その時、店内にアーク達が入店した時と同じような鈴の音が鳴り響いた。
そして、男2人が店に入ってきたのであった。
見た目からして、2人ともハンターズだとアークは認識した。
彼らは、アーク達が座っている席の反対側の席に掛けた。
彼らはマスターにコーヒーを頼んだ後、何やら話始めた様であった。
「マ…ママさ〜ん」
突如、レイがそう言ったので、アークはそちらの方へと振り向いた。
そこには、店内にいる全ての猫と思われる猫の大群が、レイを取り巻いていたのであった。
「す…凄いですよ〜ここのお店、こんなに一杯猫ちゃん達が〜♪」
嬉しそうに猫達と戯れているレイを、アークとローウェンは微笑ましげに見続けていた。
「所で…聞いた事あるか?例の話…」
先程入店してきた男の1人がそう言ったのを、アークは何故かはっきりと聞き取ることが出来た。
「何をだ?」
「最近遺跡に辻斬りの様な奴が出た、って話だよ」
「いいや、どういう奴なんだ?」
「あぁ、なんでも遺跡に来たハンターズを片っ端から倒すそうだ。全員メディカルセ
ンター行きにしたそうだ」
「死人は?」
「死んだ奴はまだ誰一人としていないみたいだ。だが…全員メディカルセンターに強制転
送だから…半殺しって辺りじゃ無いのか…?」
「変な奴も…いたもんだな…」
「場所が場所だから…気でも狂ったんじゃ無いのか?…何でも全身紫のボディーで
長身のヒューキャストって噂だぜ。それにオーラーフィールドを装備してたって
言ってた奴も居たな…」
そう聞いた瞬間、アークはあのキリークを連想していた。
「事態も事態で、調査部隊も片っ端から倒されてる様だぜ…。軍の部隊や、総督府も動く
んじゃ無いのか…?」
そう彼らが言い終わった瞬間…アークが席から立ち上がった。
「ママ?」
「ママさん?」
ローウェンとレイは、何が起こったのか理解出来なかった。
そして、アークは彼らの方へと歩み寄り、彼らの席の横に立った。
「その話、もう少し詳しく教えてくれないかしら?」
彼らの方へと向き、アークはそう言った。
「え…あ…あぁ…」
彼らもまた、突然話しかけられた事に戸惑っているようだった。
それでも彼らは、アークにこの話を1から話し出した。
「どうしたんですか?ママさん。昨日あのハンターズの2人から話を聞き終わった後、
急に「遺跡に行く」なんて言うなんて。」
昨晩、Cat,Cafeに来店した2人組のハンターが噂していた「辻斬り」。
アークはその話に不審を抱き、彼らにことの詳細を聞いたのであった。
彼女らが店を後にした時、アークはローウェンとレイに遺跡について来る様に言ったのである。
ローウェンとレイは、何が何なのか訳が解らなかった。
しかし「何かある」、と言う事は理解した。
そうして彼女らは今、遺跡に立っていた。
「そうね…何か…気になる事があるのよ…。船橋の事もあるし…」
アークは右手にオロチを持ち、周囲を警戒しながら先へ歩む中、後ろ向きにレイに言った。
「それにしても…ママ、何か変じゃない…?」
ローウェンがラヴィス=カノンを右手で持ったまま、そう言った。
「アタシが?」
「エネミーだよ…。もう…とっくに出ていてもおかしく無いのに…未だに1匹も見ない…」
ローウェンが言う様に、アーク達が遺跡に来て既に30分は経過したと思われる。
しかし、不思議な事にアーク達は未だにエネミーの1匹も見ていなかった。
「言われてみれば…そうねぇ…」
アークは辺りを見渡しながらそう言った。
「辻斬りとやらが出るまで…エスコートでもしてくれるのかしら…」
アークはそう呟いた。
「ローウェンさん!ママさん!敵です!」
レイが左手の端末を見ながらそう言った。
「結局…出ましたか…」
そう言うと、ローウェンはラヴィス=カノンを両手で構えた。
「レイ、数は?」
アークもオロチを両手で構える。
「数は…!!」
レイはそこまで言うと、突然口を閉ざした。
「レイ、どうしたの?」
アークは自分の前方を警戒したままそう言った。
「ま…回りを囲まれてます、部屋中大量に!」
レイがそう言うと、アークとローウェンは各自自分の端末を見た。
「辻斬りの所までエスコート、って雰囲気じゃ無いわね…」
アークはそう言った。
「はは…多勢に無勢、ですね…」
ローウェンも続いてそう言った。
そして次の瞬間、それが正しい事を表すように部屋には多数のエネミーが出現した。
レイが言った通り、アーク達の周りは数え切れない程のエネミーによって取り囲まれていた。
「思ったより、多いわね」
アークはそう言うと、再びオロチを構え直した。
「いくらなんでも…これは不味くありません?」
「こんなに出るなんて…珍しいですね…」
彼らは互いに背中を合わせた。戦闘の基本でもある。背中を取られない為に。
しかし、エネミー達は以外な行動を取った。
「襲って…来ない…?」
ローウェンがラヴィス=カノンを構えたまま、そう言った。
「油断は禁物です…何か…あるかもしれません…」
レイも両手を構えたまま、そう言った。
エネミー達は静止したまま、まるで死んでいるかのように立ち尽くしていた。
「…」
アークは構えた体勢のまま、視線だけで周囲を見回した。
そして何かを悟ったように、構えていた刀を鞘に収めた。
「ママ…?」
「ママさん?」
ローウェンとレイが、同時にアークへと疑問を飛ばした。
「…本当に…」
アークがそう言うと、彼女はゆっくりと歩き出した。
『?』
2人は戦闘体制を解き、後ろへと振り返った。…アークの方へと。
「エスコートしてくれるみたいね…」
アークがそう言って、静止しているアランを人差し指で軽く押した。
すると、アランは意識の無い人形の様にゆっくりと後ろの方へと倒れていった。
ローウェンとレイは信じられないと言わんばかりの顔で、アランとアークを見ていた。
「先へ進みましょう」
アークがそう言うと、後ろにいるレイとローウェンの方へ振り返った。
「結局…最初のあの大群の後は…1匹も出なかったわね…」
アークは両腕を組み、そう言った。
アーク達は、もっとも行方不明者が出没していると言うエリアについたのであった。
しかし、ここに来るまでエネミーによる攻撃は、不自然にも一度も受けていないのである。
これが何を意味するのか、どうしてエネミーが襲って来ないのか、アーク達は不思議に思っていた。
「流石に…楽ですね…戦わないとなると…」
ローウェンは、迅雷を右手に持ったままそう言った。
「しっ…」
その時、アークは小声でそう言った。
と同時に、自分の口元に指を当て、レイ達の進路を遮るかのように腕を伸ばした。
「どうか…したんですか?…」
レイとローウェンはその場で足を止め、そう囁いた。
「誰か…戦っているわ…音からして…一対数十って辺りね…」
アークは姿勢をそのままにして、前方の壁を見つめたままそう言った。
「い…一対数十!?そんなの、よっぽどの手練(てだれ)で無いと相手に出来ませんよ!」
ローウェンが金切り声でそう言った。
「そうですよ!早く支援に行きましょう!」
レイもローウェンに続いてそう言い、そして走り出した。その時。
「待ちなさい」
アークがレイを呼び止めた。
「な…何ですか?」
レイは何故呼び止められたのか、理解出来なかった。
「音が…減っていく…」
『え?…』
レイとローウェンには、アークが言ったその言葉の意味が解からなかった。
「まさか…もう…」
ローウェンはさっきまでとは違い、とても小さい音程でそう言った。
その言葉の意味や不安の色は、言い表すまでも無く残りの二人に瞬時にして伝染していった。
「いいえ…確実に…1つずつ減っていくわ……」
そこまで言うと、アークは完全に口を閉ざした。
「ママ…?」
ローウェンが、恐る恐る言った。
「音が…一瞬で消えた…」
アークは訳が解らないと言う表情をしていた。
と同時に、不安が見え隠れしているようでもあった。
「と…とにかく、言ってみましょう」
レイはそう言うと、アークとローウェンはそれに応えて頷いた。
アーク達は周囲を警戒しながら、「音が聞こえた方」へと進んで行った。
途中、狭い通路には紫色や緑色の血痕等が多数あった。
そして、時にはエネミーの残骸と思われる肉片までもが散乱していたりもした。
アーク達は、探査用マップに1つの反応がある事に気が付いた。
しかしそれはハンターズであるのか、エネミーであるのかすら解らなかった。
「どう…します…?」
ローウェンが、端末と前方にある扉とを交互に見ながらそう言った。
「行くしか…無いでしょうね…」
アークがそう言うと、扉へと歩み出した。レイとローウェンもそれに続いた。
扉の先は照明が一部破損しているのか、部屋の中は少し薄暗くなっており、中の状況は上手く把握出来なかった。
しかし、暗闇の中を薄暗く照らす紫色の光があった。
アークは、それが何なのかははっきりと解った。
そしてアーク達が部屋の中へ足を踏み入れた…その瞬間、背筋が凍るかの様な寒気がアーク達を襲った。
余りの寒さと、それとは別の気配によって、その場からアーク達は動けなくなってしまった。
そしてそんな中、1つの声が部屋の奥からした。
「アーク…か…貴様等、何しに来た」
紫色の光が1つ、円を描くように舞い、そして何かの中に収められた音がした。
彼は、FNBであった。
彼はアンドロイドとしては珍しく、多重人格のアンドロイドであった。
敬語を使い、比較的穏やかな性格である彼と、戦闘時等に出現する、好戦的な彼。
口調にも変化が伴い、人を見下したかのような態度へと変貌する。
アーク達は今の彼は戦闘を好む方の彼であると察知した。
そう考えていた間、気がつくとさっきまでの寒気は嘘の様に感じなくなっていた。
「『何しに来た』とは心外ね…。ちょっと気になる事があったのよ。それはそうとこれ全部、貴方がやったのかしら?船橋」
アークは一歩足を進め、周りを見渡した。
部屋には、床中を染め尽くすかの様な大量の紫色、緑色の血痕があった。
「あら…?」
FNBの後ろに「誰かが居る」。
ハンタースーツを身につけていることからして、ハンターズであることは見て取れる。
職業はアークと同じくハニュエールのようだ。
しかし、アークが見たその彼女は倒れたまま…その周りの床は真っ赤な血で染められていた。
彼女が既に「死んでいる」事は即座に見て取れた。
アークはFNBの横を通り越し、その「彼女」へと近づいた。
そしてその場に座り込み、彼女の顔を確認した。
彼女はまるで眠っているかの様で、今にもその眼を開けて起き上がりそうな表情だった。
アークは自分の顔の前に両手を持ってくると、左右の指を組み合わせ眼を瞑った。
その後ろ姿を、レイ、ローウェン、FNBが見ていた。
そんな中、一番最初に口を開いたのはFNBであった。
「フッ…で、貴様等は何しに来たんだ」
FNBはその視線をレイとローウェンの方へと向け、両腕を組んだ。
「俺達はママの護衛だ。まぁ…予想していたのとは別に、楽にここまで来れたがな…」
ローウェンはそう言うと、右手に持っていたラヴィス=カノンの刃先を床へと降ろした。
「…俺は先へ行く…ついて来るなら、足手まといにならないようにしろ」
そうFNBが言うと、回れ右をして奥の扉へと進んでいった。
その時、アークが立ち上がった。
「アタシ達も行きましょう」
アークはレイとローウェンの方へと振り向き、そう言った。
「ハァア!!」
FNBの持つ妖刀「ヤミガラス」が、アランの胴体を斜めへと真っ二つに両断した。
ヤミガラスに付着したエネミーの血は、ヤミガラスが纏う妖気のせいか、緑色へと変色をしていった。
そして切り口からは、紫色の血が大量に吹き出ていた。
「クソッ、これじゃあキリが無い」
「それは…言えますね…」
ローウェンとレイは、互いに背中を合わせてそう言った。
ローウェンは、再度姿勢を攻撃態勢へと戻した。
レイはテクニックによる疲労のせいか、荒い息をしたまま炎杖「アグニ」を構えていた。
その時、いつの間に現れたのであろう、真横からいきなりダークブリンガーが出現した。
ブリンガーは、既に彼等2人を攻撃しようとしていた。
「!!」
レイは危険を察し、ブリンガーの方へと向いた。
しかし既にブリンガーは、その右腕を高く振りかざしていた。
「しま…」
ローウェンはレイの異常を察し、そちらへと向いた。
だがブリンガーは、既にその右腕を勢い良く振り出していた。
「ハァァアアアアア!」
その時、ブリンガーの上空から黄色い三日月状の衝撃波が1発、横から2発と飛んできた。
上空からの1発は振り出した右腕を肘間接から切り裂き、続いて横からの2発は胴体を3つに分断した。
「2人とも、油断しているとやられるわよ!」
そう言うと、アークが荒い息をしながらローウェン達に近づいた。
「あ…ママ、ありがとう、お陰で助かりました」
「ま…ママさん、有難う御座いました…」
2人は、今起きた状況を把握出来ていなかった。
しかしアークの言葉によってその状況を判断し、互いに礼を述べた。
「礼はいいわ、それより…これはちょっと厄介そうよ…」
アークはそう言うと、更に出現したエネミーの群れを睨みつけた。
アーク達の側では体力の、エネミーの側では数の総力戦となっていたのであった。
「これで…この部屋のエネミーは一通り一掃したわね」
アークは少し息を乱しながら言った。
「は…はい」
レイもテクニックをいつもより数多く出したせいか、荒い息をしながらトリフルイドを食べていた。
「うい…す」
「……」
少し前方を進んでいたFNBは、急に立ち止まった。
その後姿から、妖気とも殺気とも取れるものをアークは感じていた。
「どうしたの?…船橋」
アークがそう言いながら、FNBの背後に近づく。そして…。
カチャッ
FNBは右手に持っていたヤミガラスを、アークの方へ振り向いたと同時にその刃先を彼女へ向けた。
「…何のつもりかしら…?」
アークは立ち止まり、その鋭い目がFNBを睨む。
「どうしたんですか?」
レイがそう言いながら、ローウェンと一緒にアークの背後へと近づく。
「刀を抜け、アーク」
FNBは、ヤミガラスの刃先をアークに向けたまま、言った。
「何のつもりか知らないけど、馬鹿な事はやめなさいな。敵を一掃したからってまたいつ次の群れが来るか…」
「ママさん、危ない!」
「ママ!」
レイとローウェンが同時に叫んだ時、金属の鋭い音が部屋中に鳴り響いた。
アークが喋っている途中、FNBが攻撃をして来たのである。
アークはすかさずオロチアギトを構え、FNBのヤミガラスの攻撃を防いでいた。
「…不意打ちとは、随分卑怯な真似なんかするのね…」
アークのオロチアギトとFNBのヤミガラスは、刃を交じ合わせたまま、共に一歩も引かず組み合っている。
しかし、アークの方が少し押され気味であった。
「ママさん!船橋さんは何か訳があるはずです!本気でやっちゃ駄目です!」
レイがアークの後ろで心配しながらも、そう言った。
「解ってるわ、でも…手加減なんかしてたら…やられそうね…」
そう言うと、アークはオロチアギトで受けていたヤミガラスの刃を、押し弾いた。
それと同時に、FNBは数mアークから放れた所へと引いた。
アークは、彼がいつもの彼で無い様な気がした。
そして彼の目の色は、右眼が赤い光を放ち、左眼が青い光を放っていた。
「ママ、援護します」
そう言ってアークの横に並んだのは、ラヴィス=カノンを構えたローウェンである。
「ありがとう、でも…手加減なんかしていられないわよ…」
アークもオロチアギトを構え、ローウェンに言った。
「眼を覚ましなさい、船橋。自力で覚められ無いって言うなら、力ずくでも覚まさせてあげるわよ」
次の瞬間、彼のその声は部屋中に響き渡った。
「フッフッフ…フッハハハハハハハハハハ」
FNBが突如、高笑いをし始めたのだ。
「目を覚ます?フ…俺は初めから正気だ…これは、俺の意思だ…」
「だったら…何故こんな事をするのかしら?」
アークは、少し余裕の表情を浮かべながら言った。
「…アーク、貴様とは一度刃を交えて見たいと思っていたのだよ…」
そう言うと、FNBはまたヤミガラスの刃先をアークへと向けた。
「そう…いいわ…望み道理、返り討ちにしてあげる。ローウェン、レイ、手出しは無用よ」
「了解しました…」
レイが控えめな声を出したと同時に、後方へと後ずさりをした。
「ママ、今のFNBは何か普通じゃない…気をつけて下さい」
ローウェンがそう言うと、レイに続き後ずさりした。
「ええ、解ったわ。エネミーが現れたりしたら、その時はお願いね」
「船橋、1つ聞くわ。今まで遺跡へ向かったハンターズを全てメディカルセンター
行きにしたのは、アナタかしら?それに…さっきの女性は…」
アークはそう言うと、持っていたオロチアギトをFNBの方へと向けた。
「フッ…だとしたら…?」
そうFNBが言うと、ヤミガラスを何故か右手だけで構え、左手には何かを持ったまま戦闘態勢に入った。
「力ずくで…連れて帰るわ」
その瞬間、アークとFNBが同時に走り出した。
部屋の中は多数の鋭い金属の音、火花、そしてFNBが持つヤミガラスの刃が纏う紫の妖気で周囲を覆われていた。
FNBとアーク、お互い実力は知っている為であろうか、互いに出し切れる実力全てを出し切っている様であった。
またFNBが纏う気は、まるでアークを殺す気でいるかの様に冷たく、時に突き刺さるほどの痛みさえ感じさせた。
お互い攻防が続く中、アークのその太刀筋は除々に衰えてきていた。
人にはスタミナの限界と言うものが存在する。
アンドロイドは、その動力が続く限り人で言うスタミナなど存在しない。
また、アークはエネミーとの戦闘でスタミナのほとんどを消耗していた。
この違いが、この戦いを大きく左右する事にアークも気づいていた。
「貰った…」
FNBがアークのその一瞬の隙を突き、アークの背後へと回ったのである。
アークは危険を察したのか、両手に構えていたオロチを片手に持ち変え、背後へと素早く振り向く。
「!」
FNBは何かを察したかの様に、大きく振りかざしていたヤミガラスを防御体制へと変え、素早く後ろへと飛び退く。
アークには、左手に持っている「何か」を傷つけない為の行動にも見えた。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ!」
アークはFNBをその眼で確認するやいなや、軽く後ろへ飛び跳ねた。
それと同時に、右手に持ったオロチをFNBの方へと素早く3回振った。
オロチの刃からは、三日月状の衝撃波の様な物が出現した。
その衝撃波は迷わずFNBに襲い掛かり、命中した。
アークは、そのまま背中から地面へと叩きつけられた。武器は手放さず…。
アークは横たわったまま、FNBが起き上がろうとしないのを確認した。
そうしてアークは、再び立ち上がろうとした。
「ママさん、大丈夫ですか!?」
急いでアークに駆け寄ったのはレイであった。
レイはすかさず、アークに上級LVの回復テクニック、レスタを唱えた。
「ママ!FNBは!?」
レイがレスタを唱えている中、ローウェンがアークに駆け寄った。
「わから…無いわ…この技は…船橋も良く知っているだろうし…」
そう言いながら、アークはオロチを地面に刺し立ち上がろうとした。
それと同時に、アークは再びFNBに眼を向けた。
だが、FNBが倒れていた場所には濃く白い煙の様な物がたちこめ、その姿を隠していた。
「有難う、レイ…2人とも…下がって頂戴な…どうやら…戦いはまだ、終って無いみたいよ…」
そう言うと、アークはオロチを再び構えた。
アークがオロチを構えたと同時に、煙の中に人影が現れ、声が聞こえた。
「オロチアギトの、数ある奥義の中でも…もっとも強力、もっとも絶大なる奥義…通
称…弧月閃…。数ある奥義の中で、唯一高威力の遠距離攻撃ができる技…。…しかし…そ
の代償に、使用者の体力を削り取る…諸刃の剣…。よくもまぁ、あの状態で3発も撃て
た物だな…。もろに当たっていたら…確実に俺を倒していただろう…。つくづく貴様は、俺
を楽しませてくれるな…」
周りを覆っていた煙をまとわせながら、白い煙の中から人影は現れた。
先程と同様に右手にはヤミガラスを持ち、左手には何かを持っている。
その左腕には、先程アークが放った衝撃波によって出来たと思われる傷が刻まれていた。
傷口からは高圧電流と思われる物が、バチバチッっと音を立てていた。
FNBはそれに気に留める様子も無く、その無機質な口元を歪ませた。
「流石…ヒューキャストっと言った所かしら?…一筋縄では行かないわね…」
「フフフ…面白い…面白いぞ、アーク。こういう戦いも久しぶりだ…。貴様に…俺が破壊出来るか?」
アンドロイドは、その表情と言う物を捉えにくい。
が、FNBの声は明らかに歓喜の色を表し、この戦いを楽しんでいるかのように感じられた。
「さぁ…続けるとしようか…。お前が俺を破壊するか、俺がお前を殺すまで…」
そうFNBが言った次の瞬間、地面が、遺跡全体が激しく揺れている様な、大きな揺れが起きた。
「地震…?」
アークは地面に片膝をつけ、オロチを地面に刺した。
「チッ……ここまでか…」
FNBがそう言うと、激しい揺れの中奥の扉へと進んで行った。
「ま…待ちなさい…!」
アークがそう言い立ち上がろうとしたが、激しい揺れのせいですぐにバランスを崩してしまい片膝を付いてしまう。
そんな中、FNBはアーク達の視界から姿を消していった。
FNBが姿を消してから数秒後、その揺れは収まった。
「レイ、ローウェン、船橋の後を追うわよ」
「解りました!」
「了解です。」
レイとローウェンがそう言った次の瞬間、部屋の中に新たなエネミーの群れが出現した。
ダークブリンガー3匹、デルセイバー4匹、グランソーサラー2匹、メラン、デルディー共に3匹、
クロー10匹近く…。
FNBが向かった扉からアーク達を遮るように、それらのエネミーが出現した。
そして扉がロックされた音が、アーク達の耳に届いた。
「倒さないと…先へは行かせてくれそうにありませんね」
ローウェンはそう言いながら迅雷を構え、アークの前に出た。
「ママさん…戦えそうですか…?」
そう言いながら、レイは戦闘態勢へと入った。
「大丈夫よ、貴方のレスタのお陰ね」
アークはそう言いながら、装備をオロチからソウルバニッシュへと持ち替え、構えた。
「2人とも、油断しないで…行くわよ!」
To be continued・・・・
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