[黒猫戯曲] ボクは猫。黒い猫。 いまちょっと大変な事になってるの。 「みゃあ〜」 目が醒めたらボクは茶色い箱の中に居たんだ…昨日までは人間と一緒だったんだけど、今は一匹ぼっち。 歩いてる人はボクに気付かずにさっさと行っちゃう… 「みぃ…みぃみぃ」 淋しくてボクはいっぱい鳴いた。誰かボクを見付けて。ボクはここにいるよって。 「にーにー!」 人間にはボクの言葉が解らないみたい… こんなに呼んでもみんな知らんぷり。ボク…このまま箱の中でずっと一匹で過ごさないといけないのかな… ―こつこつこつ― 誰かの足音が聞こえて、ボクが居る箱の前に止まった。誰だろ… 「にーーーっ!!」 ボクは見上げてびっくりしちゃった。箱の前に来たのはとっても大きな黒い服を来た人間だったんだ… ボクをみおろす大きな人間の手がボクに向かって伸びてきた。 「みぃみぃ!」 ボクは恐くて狭い箱の中を逃げ回ったんだけど、すぐに捕まっちゃった。 そのまま前足の下を持って持ち上げられて、やっとその人間の顔が見えたんだ。 大きな黒い帽子と服、白い肌の人間のお兄ちゃん。服装を見てボクはわかった。 『はんたぁず』ってお仕事の人間だ。 「子猫だ…捨てられたのかな?」 ボクを見て、お兄ちゃんはそう言った。 捨てられた?ボクが…? 〈捨てる〉その言葉、ボク知ってるよ。いらなくなるって事…。 捨てられたのはボクだ。 ボクはいらない子なのかな… 「にぃ…にぃぃ」 悲しくなってボクは鳴いた。お耳が後ろにぺたんと倒れちゃうくらい悲しかった。 「サリターぁ!何してんのー?」 ちょっと離れた所から声がした。二人の人間がこっちに歩いてくるのが見える。 お兄ちゃんがボクを抱えたまま振り向いた。お兄ちゃんのお名前は『さりた』っていうのかぁ… 「イザベラ、日乃菜。もう買物終わったんですか?」 お兄ちゃんは二人の人間に話しかけている。お兄ちゃんの傍まで来た二人をボクはそっと見てみた。 一人は綺麗な金色の髪のお姉ちゃん。もう一人は…あれ?人間じゃないのかな?金属の体のお姉ちゃん。 『あんどろいど』っていう機械の人みたい。 「うん、今終わったところ。わぁ♪子猫だぁ〜」 金色の髪のお姉ちゃんがお兄ちゃんに抱っこされているボクをみつけた。 「いや〜ん可愛い♪ねぇ、抱かせて?」 お兄ちゃんがボクをお姉ちゃんの腕に抱っこさせた。 お、おねえちゃんそんなにぎゅってしたらボク苦しいよ。 「コレガ猫…可愛イデスネ。」 あんどろいどのお姉ちゃんがボクに顔を近付けた。ガラスみたいな目にボクの姿が映ってる。 「日乃菜は猫初めて見るんだっけ?」 金色のお姉ちゃんがあんどろいどのお姉ちゃんに聞いた。 このあんどろいどのお姉ちゃんが『ひのな』なら金色のお姉ちゃんが『いざべら』だね。 「エエ、初メテデス。フワフワシテイテ不思議…」 人間は毛があまりないからふわふわじゃないもんね。 「この子捨て猫?」 イザベラお姉ちゃんに言われて、ボクはまたしょんぼりしちゃった。 イザベラお姉ちゃんはそんなボクを慰めるみたいに優しく頭を撫でてくれた。 「うん、その箱に入って鳴いてた。たぶん捨て猫…誰がこんな非道い事したんだか…」 お兄ちゃんはボクの首の下を指でこちょこちょしながら言った。 にゃう…力が抜けちゃうよ〜 「そういえばパイオニア2でペットを飼っている人って少ないよね。 世話するにもハンターズでもないかぎり政府から支給される物資とかだけじゃ大変だろうし、 だから最近は犬型アンドロイドの『AIBOU(相棒)』とか流行っているみたいよ。 あれは人型アンドロイドと違って物を食べないし…利口なんだってさ」 イザベラお姉ちゃんが言った。 機械の犬はお利口さん…。人間はそういうのが好きなのかな。 「でも、生きものを捨てて良い理由なんて無いよね。ねぇ、サリタ、日乃名。この子家で飼いましょうよ。 このまま此処に置いてくなんて出来ない」 イザベラお姉ちゃんの言葉にボクは驚いた。飼う?ボクを? 〈飼う〉って、そのお家の子になるって事だよね…? 「良かった。実は僕もイザベラに聞こうと思ってたんですよ。こいつ飼っちゃだめかなって」 サリタお兄ちゃんはボクの頭を軽くぽんぽん叩いて言った。 「良カッタデスネ。猫サン」 これは夢じゃないのかな…?ボクがこの人達のお家の子になる… 優しくしてもらえるんだ…。 嬉しくてボクはいっぱいお礼を言った 「にゃあぁん♪」 言葉は通じないけど、みんなニッコリ笑ってくれた。気持ちは通じたのかな? 「さ、帰ろっか?お腹空いちゃった。この子にも、ごはんあげなきゃね♪」 ボクはイザベラお姉さんに抱っこされたまま新しいお家へ連れていってもらった。 そんなに時間もかからずにボクの新しいお家が目の前に見えた。 「にゃー!」 おっきいお家〜! 「今日から此処が貴方のお家よ」 お家の中もすごかった。沢山の椅子とテーブル…誰も居ないけどごはんを食べるお店なのかな? 「こいつのミルク用意してきます」 サリタお兄ちゃんはそう言って奥に行った。 イザベラお姉ちゃんはボクをそっと床に下ろしてくれた。 顔が映るくらいぴかぴかな木の床。爪をたてないように気をつけなきゃ… しばらくするとお兄ちゃんが戻ってきた 「はいミルクですよ〜」 少し温められたミルクのいいにおい♪とたんにお腹が鳴った。 は、はずかし〜! 「にぃにぃ」 ボクがお兄ちゃんの足にすり寄ると、お兄ちゃんはミルクのお皿を床に置いてくれた。 いただきま〜す! 「ぺろぺろぺろ」 美味しい♪ 「よっぽどお腹すいてたみたいですね」 お兄ちゃんもお姉ちゃん二人も、ボクをじっと見つめた。 「アノゥ…」 日乃菜お姉ちゃんがおずおずと声をかけた。もちろんボクにじゃなくてお兄ちゃんとイザベラお姉ちゃんに。 「なに?日乃菜」 ちょって首を傾げてイザベラお姉ちゃんが聞き返した。 「コノ子ノ名前…ドウシマスカ?」 そうだった。ボクにはまだお名前が無いんだ…どんな名前をつけてくれるんだろう。 「名前かぁ…『クロ』とか?」 「イザベラ…それは安直すぎるんじゃ…?『チビ』とかは?」 「サリタサン、ソレモ十分安直ダト思ウノデスガ…私ハ『タマ』ガ良イト思イマス」 …ボクはどれも似たようなモノだと思う。 結局、最初にボクを見付けたお兄ちゃんの意見にお姉ちゃん達は従った。 ボクの名前は今日から『ちび』だ。 「んにゃあん♪」 名前はともあれ、ボクもこれで家族になれたんだね。 その後、お兄ちゃん達はごはんを食べたり、お話したりしていたけど、その間ずっとボクを傍に置いてくれた。 笑いかけてくれたり、頭を撫でてもらったり、とても幸せ。 「ふにゃあ〜…」 あくびがでちゃった…時計を見ると短い針が11を指してた。 「そろそろ寝よっか?」 お姉ちゃんの一言で、ボク達は床に入る事にした。 「チビはとりあえず僕の部屋で寝せましょうか?」 お兄ちゃんが言うと、イザベラお姉ちゃんは渋々頷いた。 「そうね。最初にチビが顔見たのあんただし今日はその方が安心するかも…でも独り占めしちゃイヤよ?」 イザベラお姉ちゃんボクと一緒に寝たかったの?顔をしかめているお姉ちゃんを見てお兄ちゃんは笑った。 「あはは大丈夫ですよ。チビは僕だけの子じゃないですから」 結局ボクはお兄ちゃんのお部屋で寝るみたい。三階の一番奥の部屋がお兄ちゃんの部屋だった。 中は沢山の本が入った本棚と、木のテーブル、大きいクローゼットに大きいベッドなんかがある。 「みゃ♪」 ボクはベッドの上に下ろしてもらった。ふわふわしたお布団に体が沈んじゃう。 お兄ちゃんは着ていた服を脱いでベッドに潜り込んだ…お着替えとかしないといけないから人間って大変だね。 「あったかいなぁ…お前」 僕を抱っこしてお兄ちゃんはすぐ眠ってしまった。 ボクは何だか眠れなかった。今日は色んな事があったからまだ興奮してるみたい。 「みゃ〜…」 ボクはお兄ちゃんの顔を覗きこんだ。深く規則正しい静かな寝息が聞こえる…。 この人がボクを見付けてくれなかったらボクはまだあの箱の中で淋しさに震えて泣いて居たかもしれない。 最初お兄ちゃんを見た時はあんまり大きくてびっくりして逃げようとしちゃったっけ…ごめんねお兄ちゃん。 「ぺろ♪」 ボクはお兄ちゃんのホッペを舐めた。起きちゃうかな?って思ったけど、 お兄ちゃんはもぞもぞ寝返りをうっただけだった。 窓の外は沢山のお星さま。此処は宇宙だからお日様は昇らない… これだけ沢山あるんだから、ひとつ位ボクのお願い聞いてくれればいいのに… 「みゃあ…」 ボクもお兄ちゃんみたいな人間だったら良かったな…そしたらいっぱいお礼できるのに…人間になりたいな。 いつのまにかボクは眠気に負けていた。 ―ジリリリリっ!― うわっ!びっくりしたぁ。あ、目覚まし時計か…お兄ちゃんの傍でけたたましく鳴り続けている。 お兄ちゃん、朝だよ?起きて〜。 でも、お兄ちゃんはもぞもぞしただけで起きる気配がない。 どうやらお兄ちゃんは末期的なねぼすけさんみたいだ。 「うぅ〜…」 お兄ちゃんの手がお布団から出てきた。目覚まし止めるのかな? ―ピシャーンっ!バキっ!ゴトンっ…― Σ( ̄□ ̄;)!! お兄ちゃんの手は真っすぐ時計にのびたけど、止めたのではなく強烈なゾンデをお見舞いした。 ネジやスプリングが飛び出した無残な時計が床に転がる。 駄目だよお兄ちゃん…船で『てくにっく』使っちゃあ(汗) しかもお兄ちゃん起きないし… ―だだだだだっ!― 廊下から凄い足音がこっちに向かって来る。ドアを蹴り壊すような勢いでイザベラお姉ちゃんが入ってきた。 「今度は何壊したサリタぁっ!」 イザベラお姉ちゃんが足音高くベッドの傍に来るのをボクは頭からお布団をかぶって見てた。 「あぁ…また目覚ましが…サリタ!こらっ!起きなさいよっ!」 布団の上から身体をぼかぼか殴られて、お兄ちゃんはやっと目を覚ましてベッドからゆっくり起き上がった。 「あ…おはようございますイザベ…」 「きゃーーーっ!」 お兄ちゃんの朝のご挨拶は悲鳴によって遮られてしまった。 「ちょっ…ちょっとあんた乙女とひとつ屋根の下に住んでるんだから服くらい着て寝なさいよ!」 そう、昨日服を脱いでそのまま寝たからお兄ちゃんは裸だった。でも… 「お姉ちゃん大丈夫。お兄ちゃん、ちゃんとズボンは穿いてるよ?」 「そういう問題じゃなーいっ!…え?」 イザベラお姉ちゃんと寝呆け眼のお兄ちゃんが同時に無言でボクを見た。 …ボク何か変な事言った? 「@%#◎※◇!」 何だかよく解らない声を上げてお兄ちゃんとイザベラお姉ちゃんは壁にやもりみたいに貼りついた。 口をぱくぱくさせながらお姉ちゃんはお兄ちゃんと顔を見合わせる。 「…えらいそっくりだけど…アンタの隠し子?」 「違いますよっ!」 『カクシゴ』ってなーに?ボクはそんな名前じゃなくて… 「ボクちびだよ?」 ボクは頭から布団をかぶったままベッドの上に座った。あれ?目の位置がいつもより高い。 ボクいつのまにこんなに大きくなったんだろう… ―ずるっ― 頭の上から布団がずり落ちた。うぅ…寒い。ボクは布団を掛けなおそうと前脚を伸ばした。 「え…?」 布団に伸ばしたはずのボクの前脚…いや、違う。白くて指が五本…これは人間の手だ! 「その耳にしっぽ…チビちゃんなの?」 イザベラお姉ちゃんは驚きを隠せない表情で聞いた。 「うん、そうだけど…」 ボクにも何が何だか解らない。 いつのまにかイザベラお姉ちゃん達に言葉も通じてるみたいだし、ボクの手もこんなふうになってるし…鏡が見たい。 「こ…これ」 きょろきょろしてるボクの前にお兄ちゃんは恐る恐る小さな鏡を置いてくれた。 「………」 鏡を見てボクは言葉が出なかった…人間の子供の顔になっている。 しかもサリタお兄ちゃんにそっくり…そういえばイザベラお姉ちゃんがお兄ちゃんに 『えらいそっくり』って言ってたっけ。 ただ、耳は猫の時のままで黒いふにふにした耳だし、お尻にはしっぽもついている。 ボクが途方にくれていると、廊下からまた足音が聞こえた。 控えめなノックの後に顔を覗かせたのは日乃菜お姉ちゃんだった。 「何カスゴイ音ガ聞コエマシタケド大丈夫デスカ?…アラ、チビチャンオハヨウゴザイマス」 日乃菜お姉ちゃんはボクにぺこりと頭を下げて挨拶してくれた。 「日乃菜、この子がチビちゃんだって解るの?」 イザベラお姉ちゃんがボクと日乃菜お姉ちゃんを交互に見て言った。確かに…どうしてボクの事が解ったんだろう…。 「私ノセンサート、保存サレテイル記憶デ、チビチャント認識シタンデスケド…違イマシタカ? ソウイエバ姿ガ昨日ト違ウミタイデスケド…変ネ、私故障シテシマッタノカシラ…」 日乃菜お姉ちゃんは自分の頭をこつんと叩いた。 「いや、日乃菜はまともでしょう。本人が『チビ』だと名乗りましたし、 耳と尻尾があるから間違いないとは思いますけど… どうしてこんな僕にそっくりな姿になってしまったんでしょう…」 ボクにはその答えが何となく解っていた。ボクは昨日お星さまに願ったから… 『お兄ちゃんみたいな人間だったら良かった』って… ボクは自分がそんな願い事をしたことを後悔した。 確かに人間になれば色々な事が出来るから大好きなお兄ちゃん、お姉ちゃん達が喜ぶ事をしてあげられる… でも、それはボクが人間になってもお兄ちゃん、お姉ちゃん達がボクを好きでいてくれなきゃ話にならない。 今のお兄ちゃん達はびっくりしたり悩んだりしている…もしかしたらボクの事がキライになったかもしれない。 ボクは考えて悲しくなった。涙が人間になったボクの足にぽたぽた落ちる。 「チビ…」 泣いているボクを見てお兄ちゃんがボクの隣に座った。そのままボクは横から頭をぎゅって抱き締められた。 お兄ちゃんの心臓の音が聞こえる。 「大丈夫。お前の事がキライになったんじゃないよ…お前は人間になりたかったのかい? それとも知らないうちにこんな姿になってしまったのかい?」 優しく問い掛ける声に答えたくて…ボクは頑張って顔を上げてはっきりとした口調で言った。 「ボク…昨日お兄ちゃん達がボクを見付けてくれてとても嬉しかったんだ… だから人間に…お兄ちゃんみたいな人間だったら良かったのにって思ったの…ごめんなさい」 また涙が出てきちゃった。お兄ちゃんはゆっくり優しく人間になったボクの髪を撫でてくれた。 「どうして謝るの?チビは何も悪い事してないよ?僕達の事、好きになってくれたんだよね? ありがとう…謝るのはこっちの方だ。不安にさせてしまったね…お前を追い出したりしないから。 そうでしょう?イザベラ」 『追い出したりしない』の言葉はイザベラお姉ちゃんに聞いたみたい。 ボクを抱き締めたまま、お兄ちゃんは真っすぐイザベラお姉ちゃんを見つめる。 イザベラお姉ちゃんは肩をすくめて言った。 「あったり前でしょ?昨日その子をうちの子にしたいって言った時からチビはうちの子なの!それに…」 お姉ちゃんはにやりと笑った。 「その格好も結構カワイイわよ♪チビちゃん」 ボクは此処に居てもいいの?また涙が出てきた。今度は不安でも悲しみでもなく…嬉しくて。 「ボク…人間になったから、いっぱい頑張るよ。色んな事、出来るようになる…ありがとう」 ボクが泣き止むまで、みんな傍に居てくれた。 泣き止んでからお兄ちゃんがクローゼットからシャツを出してボクに着せてくれた。 猫の時と違って、人間は服を着ないと駄目だもんね。 大きなシャツはボクの膝くらいまで長さがあった。これでもう寒くない。 「チビ、泣いたらお腹空いただろう?朝ご飯にしようか…もう人間だから僕達と同じ物が食べられると思うんだけど…」 お兄ちゃんは立ち上がって僕を抱っこして頭の上まで持ち上げた。 高い高いなんて初めてしてもらったよ。ちょっと恥ずかしい…。 「これから同じ物を食べて、沢山お話して、色んな物を見ていこうね。チビ…」 お兄ちゃんの言葉にボクは力一杯頷いた。 朝支度を整えて、お兄ちゃんはキッチンへ入っていった。何かを焼く音や、水の音が賑やかに耳に響く。 「はい、おまたせ。熱いからちゃんとふーふーするんだよ?」 あ、ベーコンエッグだ♪みんなで仲良く朝ご飯。 「美味しい〜」 「チビ、フォークの持ち方違うわよ」 イザベラお姉ちゃんが手を添えて正しい持ち方を教えてくれた。うんうん、こうやって持つんだね? 「良かったね、チビ。少しずつ覚えればいいよ」 お兄ちゃんはコップにオレンジジュースを注ぎながら微笑んだ。 「トコロデサリタサン…ユックリシテイテ大丈夫ナノデスカ?」 日乃菜お姉ちゃんが首を傾げながらお兄ちゃんに聞いた。お兄ちゃんは何の事を言われているのか解らないみたい。 「今日、ハンターズライセンスノ更新日デシタヨネ?」 「あ!?」 お兄ちゃん一気に真っ青…。 「わ…忘れてました(汗)」 「あいかわらず末期的なおっちょこちょいね…あんた」 頭を抱えてテーブルに突っ伏したお兄ちゃんに、イザベラお姉ちゃんはサラダを食べながら冷ややかな視線を向けた。 「はんたぁずらいせんすってなぁに?」 イザベラお姉ちゃんの服の袖をくいくい引っ張ってボクは聞いてみた。 知らない事が多すぎていっぱいいっぱい知りたくなる。 イザベラお姉ちゃんは食べてる手を止めてボクに優しく教えてくれた。 「ハンターズライセンスっていうのは『あなたをハンターズと認めます』っていう証明みたいなものかな。 それが無いとお仕事できないの。 サリタはその更新…つまりはハンターズのお仕事を続ける為に、またライセンスを貰いに行かないといけないってわけ。 ハンターズには誰でもなれるけど、そのへんが面倒なのよね」 イザベラお姉ちゃんの言葉を聞いて、ボクは一番聞いてみたい事を言ってみた。 「ボクもはんたぁずになれる?」 ボク、みんなと一緒にお仕事したい。 危険なお仕事だって知ってるけど、『はんたぁず』はボクみたいな子供でもなれるんでしょ? 「チビちゃんがハンターズに?」 ボクは頷いた。決意は変わらない。真っすぐイザベラお姉ちゃんの目を見つめた。 「…なれなくはないと思うけど、厳しいわよ?それでもやりたい?生半可な決意だったら認めないからね」 ボクはまた頷いた。厳しくても苦しくても平気だ!弱音なんて吐かないよ。ボクもお手伝いがしたいんだ。 イザベラお姉ちゃんは少し笑ってボクの頭を撫でた。 「…わかった。やる気はあるみたいだし、やってみるといいかもね。 あ、でもお耳と尻尾は隠さないとね。バレたらハンターズになれないかもしれないから」 イザベラお姉ちゃんはそういってボクの耳を指でふにふにいじった。お耳と尻尾…どうやって隠せばいいかなぁ… 「あの…それだったらチビ、僕と同じFOmarになってみないかい?」 ふぉーまー?『てくにっく』を使うはんたぁずの事かな…? 「ハンターズには大きく分けて三つの職種があるんだ。 剣やダガー等を扱う接近戦タイプのハンター、ライフルやバズーカーを扱える遠距離タイプのレンジャー、 テクニックを扱う補助や回復もこなすフォース… ちなみに日乃菜はハンター、イザベラはレンジャー、僕はフォースなんだ」 なるほど…でもボクに『てくにっく』を使う事なんて出来るのかな… 「ボクにもできるかな?『てくにっく』使えるようになれるのかな?」 お兄ちゃんと同じお仕事…出来るならやってみたい。 「適性とかはあるだろうけど、僕と同じ職種なら尻尾は服で隠せるし、耳も帽子で隠せるよ。 チビは僕にそっくりだしね、兄弟って事にすれば誰も『元は子猫』だなんて思わないだろうしね」 お兄ちゃんはそういって悪戯っぽく笑ってみせた。 ボクがお兄ちゃんと同じ『ふぉーまー』に…なんだか嬉しくなった。 「じゃあサリタ、更新行くついでにチビ連れていってハンターズの登録申請してあげたらどうかしら? あぁ、でもそのシャツだけじゃ駄目ね。日乃菜、おねがい」 「ハイ、イザベラ様。チビチャン、チョット失礼シマスネ」 日乃菜お姉ちゃんは立ち上がってボクの傍まで来てボクをじっと見た。 「…身長、胸囲、ウエスト…ウン、OKです。スグニ取リ掛カリマスネ。三時間程デ出来ルト思イマス」 日乃菜お姉ちゃんは一人納得すると、階段を上がって行った。何が何だか解らない。 「三時間か…あまり時間かかると受け付けとか混むだろうけど、まぁ仕方ないね」 う〜ん…と伸びをしてイザベラお姉ちゃんは言った。 「本当は朝のうちに行きたかったんですけど、確かにその格好じゃ連れていけませんしねぇ…」 お兄ちゃんが苦笑した。ねぇ、何?日乃菜お姉ちゃんは何をしてるの? ―ガタタタタ…― いきなり聞こえた大きな音に、ボクは驚いて思わず立ち上がってしまった。 「あぁ、始まったみたいですね」 お兄ちゃんは二階を見上げる… 「ね、ねぇねぇ…何の音?日乃菜お姉ちゃん何してるの?」 ボクは隣に座っているお兄ちゃんの服を引っ張って聞いた。だって気になるもん。 「日乃菜の趣味はお裁縫…というより被服かな。チビが着ている僕のシャツも彼女が作ったんだよ。 今はチビの服を作ってくれているんだ。あの音はミシンの音。…見にいってみるかい?」 僕は頷いた。ミシンっていうのがどんなものか見てみたかったし、どんなふうに服が出来るのか気になった。 「よぉし!」 「わっ…わ!」 お兄ちゃんは僕を肩車した。いきなり目の位置が高くなってびっくり… 「それいけ〜!」 お兄ちゃんは僕を肩車して楽しそうに笑いながら階段を駈け登った。お、落ちるぅ! 日乃菜お姉ちゃんの部屋に着くと中からさっきの音がまだ忙しく響いていた。 「日乃菜〜入りますよ…どぅあっ!」 ノックをしてドアをあけたお兄ちゃんが奇怪な声を上げて後ろによろめいた。お兄ちゃんの顔を大きな布が覆っている。 忙しく動く機械の前で日乃菜お姉ちゃんが布を縫い合わせていた。この機械がミシンかなぁ…。 「アァ縫ウ所間違エタァッ!」 日乃菜お姉ちゃんはイライラと頭を抱えるとボクたちを振り返って見た。目が…目がコワイ(汗) 「何ヲシテイル!ボンヤリシテイル暇ガアルナラソコノ布持ッテ来イ!」 …ひ、日乃菜お姉ちゃん? 「彼女は作業中はいつもこんな感じですよ。はい、この布で良いですか?」 お兄ちゃんはさほど気にしていないと言うように傍に置いてあった布を手渡した。 あっけにとられているボクに日乃菜お姉ちゃんは向き直った。 「ボサットシテナイデソコノ糸持ッテ来イ!」 こ…怖い(泣) 〈三時間後〉 日乃菜お姉ちゃんがボクの服を完成させた。耳を隠す帽子も一緒に作ってくれたみたいだ。 「ハイ出来マシタヨチビチャン…アラ?ドウシタノデスカ?」 どうしたもこうしたも…あれからボクとお兄ちゃんは日乃菜お姉ちゃんに怒鳴られながらお手伝いをさせられた。 お兄ちゃんは額に浮いた汗を拭いながら小声で言った。 「ね、すごいでしょう?彼女がミシンを使っている時は近寄らない方が良いですよ」 は、早く言ってよぅ!ボクはぐったりと床にへばりついた。 「サァ着テミテ下サイ」 日乃菜お姉ちゃんに促されてボクは出来たばかりの服に袖を通した。 「うわぁすごい!ピッタリだよ。どうしてちゃんと測ってないのにボクの大きさが解ったの?」 普通『ものさし』とか『めじゃー』とか使うよね? 「フフッ私ハ少シノ間見ツメルダケデソノ人ノサイズガ解ルンデスヨ」 『あんどろいど』ってすごいなぁ… 「勿論サリタサンノサイズモ解リマスヨ。アラ、マタ痩セマシタネ?サリタサン。イザベラ様ニ怒ラレマスヨ?」 「あんまり見つめないで下さいよ…」 日乃菜お姉ちゃんに言われてお兄ちゃんは真っ赤になった。 とにかくこれでお外に行けるね。着替えを済ませてボク達はホールへ降りて行った。 「きゃー♪チビカワイイ〜」 イザベラお姉ちゃんにいきなりむぎゅってされてボクはびっくりした。 日乃菜お姉ちゃんが作ってくれた服はお兄ちゃんの着ている『ふぉーまー』の服そっくりだ。 「何かチビサリタって感じね」 イザベラお姉ちゃんはボクとお兄ちゃんを比べて見た。 「マダハンターズジャナイデスカラIDハ有リマセンケド」 『あいでぃー』ってなんだろう…ボクはお兄ちゃんの服をよく見てみた。 あの首の下にある紫色の模様がある丸いのがそれかな。 イザベラお姉ちゃんには空色の、日乃菜お姉ちゃんには青の…模様は違うけど似たようなのがついてた。 「さて、じゃあ行こうか?チビ」 お兄ちゃんがボクの手を取った。 「うん、早く『はんたぁず』になりたい」 ボクはお兄ちゃんの手をぎゅっと握った。手を繋いで玄関まで行くとお姉ちゃん達がお見送りをしてくれた。 「じゃ、行ってきますね」 ボクとお兄ちゃんはぱいおにあ2の街を手を繋いで並んで歩いた。 猫の時には見えなかった色々な物が視界いっぱいに広がる。 街にいる人達は忙しく歩いたり、話をしたりしてそれぞれの時間を過ごしていた。 人間やあんどろいどや耳が尖っている人なんかも居る。たしか『にゅうまん』っていう種族だっけ…。 沢山歩いて疲れてきた頃、お兄ちゃんが急に立ち止まった。 「チビ、着いたよ」 建物の中に入ると、そこは人で溢れかえっていた。 何とか人込みを掻き分けてカウンターの前まで進むと 耳の下あたりで真っすぐそろえた金色の髪のお姉さんがにっこりと微笑みかけた。 「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょう?」 「IDパープルナムのサリタといいます。ハンターズライセンスの更新に来ました。 それと…この子をハンターズに登録したいのですが…」 カウンターのお姉さんが身を乗り出してボクをみおろした。 ボクと目が合うとにっこり笑ってまたお兄ちゃんと話しはじめる。 「IDパープルナムのサリタさんですね。ライセンスの有効期間は一ヵ月でよろしいですか?」 「あ、はい。それでお願いします」 お姉さんはモニターとにらめっこしながらお兄ちゃんのライセンスの更新を手早く済ませた。 「はい、更新完了しました。後はこちらのおチビさんの登録ですね?ボクお名前は?」 お姉さんに聞かれてボクは昨日お兄ちゃんがつけてくれた名前を大きな声で言った。 「ボク、チビだよ」 …あれ?お姉さん変なお顔になってるよ?お兄ちゃんも困ったお顔だし…ボクまた変な事言っちゃった? 「…チビさん?それが名前なの?」 これが名前じゃおかしいのかな? 「あぅ、えっと…そう!この子はチビサリタって言うんです。僕の弟なんですよ。 僕の故郷では兄弟は同じ名前で、弟と区別をつける為にチビって付けるんですよははは…」 …お兄ちゃん笑顔が引きつってるよ。お姉さんはちょっと眉を寄せたけど、何とか納得してくれたみたい。 「解りました、チビさんはその服からしてフォース志望のようですね。こちらへどうぞ。 サリタさんもよろしければ一緒に」 お姉さんの後に続いて沢山のドアが並ぶ広い廊下をボク達は歩いた。 お姉さんは重そうな金属のドアの前で立ち止まると、カード形のキーを取り出して機械に通した。 ―ズズズズズ…― ドアが開く重そうな音が廊下に響く。ボクはお兄ちゃんの後ろからそっと中を見てみた。 広いけど何もない。お姉さんが振り返ってボクに言った。 「ここでチビさんにフォースの適性があるかどうか試します」 ふぉーすの適性…どんな事をするんだろう…ボクとお兄ちゃんは部屋の中へ入った。 「これを使って、テクニックを撃って下さい」 お姉さんがポケットから一枚のディスクを取り出してボクに手渡した。 「これなぁに?」 ボクはお姉さんに聞いてみた。使い方が解らない。 「フォイエLv1…テクニックを使用する為のディスクです。フォースになるには高い精神力を必要とします。 それが使えるかどうかで貴方にフォースの適性があるかどうか解るのです」 つまりこれが使えなかったらボクはふぉーすになれないんだ…。 「じゃあ、お兄ちゃんも使えるの?」 ボクはお兄ちゃんを見上げた。お兄ちゃんもふぉーすだもんね。 「もちろん。フォイエ系だけじゃなく、バータ系、ゾンデ系、グランツ、メギド、 回復や補助のテクニックも一通り使えるよ」 み…見てみたい! 「お兄ちゃんがテクニック使うの見てみたいな」 ボクのおねだりにお兄ちゃんは困ったように頭を掻いた。 「しょーがないなぁ…すみません、テクニックの手本って事で見せてやっても良いですか?」 お兄ちゃんはお姉さんにお願いしてくれた。 お姉さんは少し迷ったけど、お兄ちゃんがテクニックを使う事を許可してくれた。 「では、あちらの壁を御覧下さい」 真っ白な大きな壁に向かってお姉さんはリモコンを向けた。 ―ピッ…― 途端に部屋が暗くなり壁があった場所には岩場のような物が見える。な、ナニコレ… 「最新鋭のモニターで本物さながらの場面を映し出しています。もちろんエネミーも出現します。 サリタさんなら倒せるかと…」 お姉さんが言うと、画面に…というより部屋に立体的で巨大な竜が現れた。 あまりの大きさにボクは恐くなってお兄ちゃんの後ろに隠れたけど、お兄ちゃんは不敵に笑って言った。 「…余裕ですね」 ボクはとんでもないお願いをしてしまったのではないだろうか… 「お、お兄ちゃあん…」 ボクは情けない声で呼び掛けた。だってあんなに大きいんだよ?死んじゃうよ! ボクが泣きそうになっているとお姉さんがボクの肩に手を置いた。 「大丈夫、怪我したりしませんから。あのドラゴンは映像ですからね。 テクニックや攻撃をする事で倒す事が出来るというだけです。 貴方の適性を試す時はあんなドラゴンではなく、別のエネミーですし…」 よ…よかったぁ…。 「チビ、しっかり見ておくんだよ?」 お兄ちゃんはドラゴンに向かって走って行った。ドラゴンはお兄ちゃんを踏み潰そうとのっしのっし歩いている。 …本物だったらかなりイヤ…。踏み潰されたら痛いだけでは済まなさそうだ。 お兄ちゃんはドラゴンと少し間をとって止まると、右手を真っすぐ前に伸ばした。 ―ドンッ…!― お兄ちゃんの手から激しい炎が一直線にドラゴンに向かって放たれた。すっごぉい! …でも、あまり効いてないみたい。 「あちゃ〜…やっぱりフォイエはあまり効かないか…」 お兄ちゃんはドラゴンの足をかわすように走りまわってまた少し距離をとった。 「やっぱこっちの方が効くか…」 ―キィィンッ…!― 今度は氷だ。ばーた系ってやつかな。 今度はかなり効いたらしく、ドラゴンは地面(床だけど)にべったりと這いつくばった。 「お次はゾンデ」 ―ピシャーンッ!― …あぁ、今朝目覚まし時計壊したテクニックだね。 へばっていたドラゴンは立ち上がるとお兄ちゃんの猛攻撃から逃げるように飛んだ。 お兄ちゃんが軽く舌打ちをする。 「地中に潜られると面倒だな…」 お兄ちゃんは振り向いてボクを見るとにっこり笑って言った。 「とっておき…見たい?」 ボクは考える前に頷いていた。お兄ちゃんがあんまり自信たっぷりだったから… 「よし!」 お兄ちゃんはドラゴンを見上げ、右手をかざした。 「こいつはちょっと痛いですよ…グランツッ!」 ―キュゥゥウ…パキンッ!― 沢山の光がドラゴンに集まって大きな音を発して飛散した。 宙を飛んでいたドラゴンは轟音を響かせて地面(床なんだけど)に着地した。 ―ギャアァォオ!― 耳が痛くなるような叫び声を上げてドラゴンは倒れた。その姿がすぅ…と消えていく。 「お見事です」 お姉さんが言うと同時に、部屋はまた元の何もない白い壁に戻った。 「ふぅ…こんなもんかな。チビ、テクニックがどういうものか解ったかい?」 …汗ひとつかいていない涼しい顔でお兄ちゃんは聞いた。ボクはただ頷く事しか出来なかった… 「さぁ、次は貴方の番ですよ。チビさん」 お姉さんがボクの背中を押した。ボクはさっき渡されたテクニックのディスクを慌てて使い、部屋の中央を睨んだ。 ―ピッ…!― お姉さんが手にしたリモコンが部屋に映し出した場所は、白い大きな建物がある広い森だった。そこに居たものは… 「あ!鳥さん♪」 ボクの目の前には丸くてふわふわした黄色い鳥さんが居た。 鳥さんはボクを見付けるとぴよぴよ鳴きながらぺたぺたとこっちへ歩いてくる。可愛い〜♪ 「あれをフォイエで倒してください」 「!?」 …今何て言った?倒す?あの鳥さんを? 「や…やだよぅ。可哀相だよぅ」 ボクは首を振った。あんなに可愛い生物に攻撃するなんて…嫌がるボクにお姉さんは強い口調で言った。 「あれを倒さないとハンターズになれませんよ?」 はんたぁずになれない…あの可愛い生きものを倒さなければ… 「ちなみに痛みは感じませんが、あれに攻撃されると評価が下がります。 あまりに非道い場合もハンターズの適性が無いものとみなされますのでお気を付け下さい」 お姉さんの声がボクの頭に耳鳴りのように響いた。…倒さなきゃいけないんだね… ボクは手を真っすぐ、目の前の生物にかざした。 手で生物を隠すように…ボクには自分の手だけが見える…撃つんだ…フォイエを。 撃つんだ撃つんだ撃つんだっ! 「うわぁああっ!」 ―ドンッ!ドンドンッ!― 手の平が熱い。火の玉が何かにぶつかる音が聞こえる…ボクには何も考えられなかった。頭の中が真っ白だ… ―ピィィィイッ!― 「…っ!」 目の前の生物が大きな声をあげると同時にドサリと何かが倒れる音がした。 「あ…ぁ…」 ボクの膝ががくりと折れた。 目の前でさっきまで元気に動いていた生物は白いお腹を上に向けて倒れたままピクリとも動かない。 「…チビ?」 お兄ちゃんの気遣わしげな声が聞こえた。ボクは立ち上がって振り向いてお兄ちゃんに駆け寄って抱きついた。 「うわぁあああああああああ…」 ボクは泣いていた。自分にも止められない涙がぼろぼろと零れてお兄ちゃんの服を濡らした。 お兄ちゃんはゆっくりしゃがんでボクと同じ目線になると優しい顔で言った。 「よしよし…大丈夫だよ。ほら、見てごらん」 お兄ちゃんは倒れているあの生物を指差した。何が大丈夫なの?動かないよ? ―ぴょこっ!― …あ! ボクが倒した生物が突然起き上がった。素早く立ち上がるとそのまま猛ダッシュ… 「生きてたんだ…」 「あれはラッピーっていうんだ。実際ラグオルにも生息している。 死んだフリが得意な生物でね…あれを殺せた人はまだ誰も居ないんだよ」 らっぴーが逃げる姿を見送ってからお兄ちゃんはボクを真剣な目で見た。 「…恐かった?」 ボクはこくんと頷いた。ラッピーに攻撃される事ではなく、生物が死ぬという事が恐かった。 あれは映像だし倒しても逃げちゃったけど、らぐおるの生物…ボク達に危害を加えようとするえねみーは あのらっぴーだけじゃない。 今回は怪我をしなかったけど、はんたぁずになったらそうはいかないかもしれない… 今お兄ちゃんの顔を見つめて初めて気付いた… 前髪で隠れて見え辛いけど、お兄ちゃんの額には切り傷の跡がくっきりと残っていた…。 「う…うぅ〜…」 我慢してたけどやっぱり涙が零れてしまった。 死ぬ…動かなくなる…死ぬって何だろう。解らない。解らないから恐い。 でも、これだけは解る。ハンターズになったら…死ぬのはボクかもしれないんだ。 「チビ…」 お兄ちゃんがボクをぎゅって抱き締めた。帽子に隠れている僕の耳にお兄ちゃんの声が優しく響く… 「恐いなら無理しなくていいんだよ?生物を殺す恐怖…襲い掛かられる恐怖… その両方をハンターズはこれでもかと思い知らされるからね…。 殺せば罪悪感がわくし、傷つけられれば痛い。強制はしない。自分で決めなさい…」 殺す恐怖に襲われる恐怖…こんなに恐いお仕事なのに… 「お兄ちゃんはどうして恐いのにはんたぁずになったの?」 問い掛けは自然にでていた。お兄ちゃんは少し考えていたけど、両手でボクのほっぺを包みこむように撫でて笑った。 「僕達はいつまでもこの船には居られない。母なる大地が人間には必要なんだ。 自分や大切な人の為に僕は戦ってる。生物を殺す事はやっぱり躊躇ってしまう時もあるけど… お前や、イザベラ、日乃菜の為ならお兄ちゃんは何だってするよ」 お兄ちゃん、ボクもだよ。ボクもお兄ちゃん達の力になりたいんだ。 「ボク…頑張る。とっても恐いけど、お兄ちゃん達の為にはんたぁずになるって決めたんだもん。もう泣かないよ」 手の甲で顔をごしごしと擦ってボクはお兄ちゃんを見た。 お兄ちゃんはボクを高く抱き上げて笑った。…だから高い高いは恥ずかしいってばぁ…。 「チビ、お前は強いなぁ…でも、ハンターズにならなくても、僕達の為になってくれているよ。 というより、かけがえのない家族だ。それでもハンターズになるかい?」 「うんっ!」 抱き上げられたままボクは頷いた。もう気持ちは変わらないよ。 「あのぅ…」 後から控えめな呼び掛けが聞こえた。そうだ!おねえさんが居るの忘れてた! 「えっと…チビさん。おめでとうございます。貴方にハンターズの適性があると判断致しました。 これから登録手続きを行ないますのでこちらへ…」 ボク、はんたぁずになれるんだ。 さっきのカウンターへ戻ってはんたぁずの登録を済ませるとお姉さんはボクに何かを差し出した。 「これが貴方のIDとマグです。大切にしてくださいね」 渡された物を受け取ってみると、ひとつはお兄ちゃんの胸についてるのと似てるピンク色で不思議な模様が 入った丸いもの。もうひとつはふわふわ浮いてる小さくて何だか可愛い機械だった。 お姉さんがボクの胸にピンクの丸いものを付けてくれている間に、その機械はボクの右肩のあたりで ふわふわしながらずっと傍にくっついていた。 「可愛いねぇ♪お兄ちゃんもこれ持ってるの?」 ボクが尋ねると、お兄ちゃんは荷物の中から何かを取り出した。 ―ひょこっ― 「わぁっ!」 ボクはびっくりした。猫が入ってたのかと思ったよ。 「…シャトっていうんだよ。名前は影虎(かげとら)。チビにそっくりでしょう?」 猫の頃のボクにそっくりな影虎はお兄ちゃんの手の中で尻尾を揺らした。 ボクも人間になる前は黒い猫だったから、お兄ちゃんは黒い猫が好きなのかな。 「こいつも捨て子だったんだよ。餌あげてちゃんと育ててやっとここまで大きくなって…これまで何度も助けられた。 だからかな…チビがあの箱の中で鳴いていた時、どうしても見捨てて行く事は出来なかった。 黒猫はボクにとって、幸運を持ってきてくれる存在みたいだね」 顔を見合わせてボク達はにっこり笑った。にゃう…嬉しい♪ 「この子も影虎みたいになる?」 肩の傍に浮いてる子を指差してボクは聞いた。 「ちゃんと育てればね。マグは育て方やID、職種によって形も変わるんだ。どんな風に育つか楽しみだね」 うん、とっても楽しみだよ♪ 「何だかお父さんになったみたい。ちゃんと育てるからね♪ボクのまぐ♪」 いきなりお兄ちゃんが吹き出した。 「…随分ちっちゃいお父さんだね」 これから大きくなるもん! はんたぁず登録の受け付けを済ませて、ボク達は登録場を後にした。 ボクの胸には新しいあいでぃー、肩には新しいまぐ…はんたぁずになったボクを、お姉ちゃん達は何て言うかな? 「ただいま」 「ただいまぁ♪」 ドアに付いている鈴がチリンと音をたてると同時に、ホールの椅子に座っていたお姉ちゃん達ががばっと立ち上がった。 「おかえり。チビ、どうだった?」 「ハンターズ二ナレマシタ?」 お姉ちゃん達に詰め寄られてボクは思わず一歩後ろに下がってしまった。 ボクの胸についているあいでぃーと、肩のまぐを見てお姉ちゃん達がはしゃぎだす。 「きゃー♪ハンターズになれたのね。おめでとうチビ〜!」 あぁぅ。そんなにむぎゅーってしたら息できな…(汗) 「IDピンカルナノデスネ♪似合ッテマスヨ。可愛イデス」 ひ、日乃菜お姉ちゃん見てないで助けてよぅ〜! 「さ、チビもめでたくハンターズに仲間入りしたことですし…宴会でもしますか?」 お兄ちゃんの一言でイザベラお姉ちゃんはやっとボクを解放してくれた。 「もちろんやる!日乃菜ワイン買ってきてくれる?サリタは食べるもの作ってね。ケーキ焼いてよケーキ♪」 ボクよりイザベラお姉ちゃんの方が嬉しそうだね。 「イザベラ様、ワイン何本買ッテクレバヨロシイデスカ?」 「一樽!」 Σ( ̄□ ̄;)!! たる? 「そんなに飲めるわけないじゃないですかぁ!」 「うっさいわね!良いのよお祝いなんだからぁ!」 お兄ちゃんとイザベラお姉ちゃんが大きな声で騒ぎだす。賑やかで楽しい音楽みたい。 これからの毎日をみんなでこんなふうに過ごせたらきっと幸せだね…。 「ふふっ♪」 ボクは嬉しくて笑った。新しい世界がボクの前に広がっている。 優しい家族との音楽のような楽しい日々…さぁ、賑やかな毎日の始まりだ! *ノーチェのホスト「サリタ」こと「氷月 炯魔(ひつき けいま)」が発行するメルマガで 配信された小説です。 現在も「Lime Light Memory」を発行中。 購読したい方は「00272861s@merumo.ne.jp」へ空メールを送り、登録して下さい。 なお、バックナンバーリストは「bn.1@hope-ship.b.to」まで空メールを送ってください。 |