【愛の赤い紐】

これはまだ、私がナイトクラブノーチェに入って間もない時のお話です。

今日もロビーは何も変わっていませんね。
静かなロビーで一人、私だけが立ってます。
ここは無人のようですね。
まあ私が人のいないところに移動しただけですが…。
なぜって?
それは私がカッコイイもんですから見つかると大変なことに……ハイ、嘘です。私は嘘をつきました。
私はHUcast。みなさんからは「ワカ」や「若旦那」などと呼ばれています。
背丈が高くて赤いフレーム、おまけにヘッドパーツはシャーク系を思わせるツノです。
これでは目立ちます。ええそりゃもう目立ちますよ。
おかげで移住区の子供が、どっかの特撮の出演者と勘違いして飛びついてきたり蹴ってきたり大変です。
相手が相手ですから振り払えないじゃないですか!
だから移住区から抜け出せなかった事もしばしばありました。
が!しかし!!
今回は抜け出せました!!
これで心おきなく私が勤めているクラブに出勤でき…。
って、しまった…。私としたことが…メモ帳を忘れてしまった…。
私はあまり記憶装置の方がよくありません。つまり物忘れが激しいわけです。
だからメモ帳にクラブの場所を書いておいたのに…。
今から取りに行くと出勤時間まで間に合わない…。
どうする私よ。
そのときメールの着信音が聞こえました。
これはもしや天の助け!?
すばやくメールを読みます。お、音声着きみたいですね。
スイッチを入れるとそこから聞き慣れた声が聞こえてきました。
「ワカ、なにやってんだ?早く出勤しないと給料カットされるぞ」
…ってそうなんだよねぇ、早くしないとねぇ、でもロビーがどこか忘れたんですよね…。
「でもお前のことだ、場所が解らないとかそんなことだろう」
ギャッ読まれてますね。電話じゃないんですから私の心の声に答えないでくださいよ。
「メールの本文に書いておいた…けどな、ギルカ使って検索したほうが早いと思うぞ」
…あっしまった、忘れてましたね。
ギルドカードの検索機能を使えば仲間の所に行けるんでしたね。とほほ…。
「ちょっとそこの君、そこのデカイ君!」
なんですかね人が落ち込んでる時に、しかも気にしている事を…。
おっと、思わずヘルバルカンを出すところですがここは落ち着きましょう。
別に人がいないから殺しても気付かれませんがね…。
「ハイなんでしょう?」
「ここの店にはどうやって行けばいいか解るかね?」
おや、この人お客さんのようですね。うちの店の住所が書いてあります。
「ここなら私も今から行くところですからお連れしましょう」
「おお、助かるよ」

66-5-9ロビーに着きました。
ここは私が働かせてもらっているノーチェというナイトクラブです。
民間人でもハンターズの人でも誰でもご利用いただけます。
きれいな店内は今でも少し私には居づらい場所です。
いずれ慣れるでしょうが、私はもともとジャンクヤードと呼ばれる廃棄処理場施設に住み込んでいました。
薄暗くて周りにいるとすれば警備アンドロイドぐらい。
正確には捨てられていました。
私の事は必要なかったんでしょう。
おっと話がそれましたね。

今、私は後ろにお客さんを連れて店内の受付に進んでいます。
なんでもうちに依頼したいことがあるらしいです。
「ここがノーチェかね、なかなか賑やかじゃないか」
なにを言いますか、うちのバーは賑やかだけとは違いますよ!
「ええ、うちではいつもこうですから、今度からは予約を取ることをお勧めします」
「ん、まあそんなにちょくちょく来るわけじゃないから気にしないでくれ」
こ、この人はうちにケンカを売っているんでしょうか…。
まあ何はともあれ、姉様のいる受付につきました。
こちらが手を振ると、一緒にいたオーナーも手を振ってくれました。
受付で銀髪をなびかせながらこちらを見ているハニュエールは、このノーチェのママ、カムナ=アーク。
私はオーナーの呼び方をまねて姉様と呼ばせていただいております。
姉様の趣味は武器でして、私もこの前拝見させていただきました。
有名な刀などを見せてもらえて勉強になりました。
中にはとんでもないモノもありましたが…。
姉様のすぐ隣にいるオーナーは、時々トラブルを起こしてしまい、よく先輩達も巻き込まれたそうです。
しかし私にはオーナーはどこか憎めない子供のように感じられ、とてもそんな風には見えませんでした。
「あら、お客様?」
「ええ、民間人の方で、依頼したいそうです」
「お飲物は何に致します?」
「ん、ああ、ありがとう、じゃあウイスキーを頼むよ」
「かしこまりました〜」
オーナーが店の奥に入っていきました。
しかしまあよく混んでるのに素早く動けますね。私にはできない芸当です。
「では、お話を聞かせて頂けるかしら?」
「ん、実はですな、武器の捜索をお願いしたいんですよ」
「武器の?失礼ですが、お客様は民間の方でいらっしゃるのよね?武器なら買うことも出来るんじゃなくて?」
「ええ、ですが武器を買うのはお金がかかるんですよ、それで妻に何度も怒られてましてね」
ん?どっかできいたことありそうなシチュエーションですね。
「もしかして、貴方武器コレクターのギゼルさん?」
「ん?私を知っているのか?」
「ええ、もちろん。新聞の隅の方に"武器コレクター反省"とか"またもや妻が武器屋で夫に説教"
とかいう記事が出てましたもの」
あ〜〜、そうだこの人、武器コレクターのギゼルさんだ。
新聞で見たことがありますよ。
以前ギゼルさんの奥さんから依頼を出されて、ひとりのハンターに説得されたと聞いていますが、
やはり諦めきれないんですね…。
「申し訳ありませんが、民間人にハンターズの武器を直接渡したりするのは禁じられていますので…」
「そこをなんとか!!お願いします!」
「でもねぇ…やっぱりハンターでもない人には…」
案外しつこいですね、ここは私からも言わせて頂こう。
「ギゼルさん、残念ですが法には逆らえないんですよ。ハンターズならお手伝いさせて頂きますがね」
「分かって頂けるかしら…?ツライでしょうが諦めて下さいませ」
「わかりました…」
おっ、私のが効きましたかね。まあ仕方ないんですよ。
「ハンターズならいいんですな?」
「うぅん…そ、そうねぇ、いいんじゃないかしら…きっと」
「お待たせ致しました〜ウイスキーどうぞ〜」
「ん、ありがとう、ゴクゴク」
「今の言葉はどういう意味なのかしら?」
私も気になります、是非聞かせて頂きたいところです。
「私もハンターになりますよ」
「あら…」「なぬっ!?」「ええっ!?」
姉様と私とオーナーの声が店内に響きました。

とりあえず、ギゼルさんは後でもう一度来ると言ってお店を出て行きました。
店内では変わらず賑やかで、変わったのは考え込み始めた姉様と、ちんぷんかんぷんで
立ち尽くしたままのオーナー、そして私です。
「え〜と、姉様?受けるんですか?今の依頼」
「でも民間人じゃねぇ…」
「無理なんじゃないですか?」
30分後、ギゼルさんは帰ってきました。
ヒューマー用の黄色いハンタースーツを着て。
「なんですかその格好は!?どこからそんな…」
「私の知り合いにハンタースーツを作っている者がいてな、高値で譲ってもらったんだよ」
「でもお客様は、戦闘の経験はお有りなのかしら?私達ハンターズは訓練してるから平気だけど…」
「心配は無用ですよ、いつも武器を触ったり振ったりしてますからな」
「そういう問題では…」
「…しょうがないわね。ワカ、オーナー、一緒にいってらっしゃい」
「なぬ!?」「ええ!?」
「本気なんですか、姉様!?」
「そうですよ私達でも守りきれるか…」
それならこのオヤジに、武器でもなんでも売ってやればいいじゃないか。
「いい?ギゼルさんがこんな装備を持っているということは私達に断られたとしても、また誰かに依頼するだけよ。
なら今のうちに、ラグオルの本当の恐ろしさを解らせてあげた方が彼のためなんじゃないかしら?」
う、たしかにそう言われてみるとそうかも…ううむ、しょうがない。トモに挨拶してないけど行くしかないか。
「なんだ、ワカ来てたのか、挨拶ぐらいしろよ」
トモが込み合った店内から顔を出した。なんてタイミングが悪いんだ。
「ああっダメだトモ、こっちに来ては!」
そのとき姉様がさりげなくクスッと笑っておりました。
「ちょうどよかったわ、トモ、貴方も行って頂戴」
「はい?」

やってまいりました。
ラッピーがさえずり、イヌはかけまわる森エリアへようこそギゼルさん。
恐らく貴方はここで恐怖を知り、二度と来ることは無いでしょう。
だから今のうちに見納めといてください。
現在、森エリアで私とトモとオーナー、そしてギゼルさんが集合しました。
とりあえず私が指揮を取り、ギゼルさんを守る陣形を組むことにしました。
ギゼルさんを中心にアローフォーメーション(人数が足りないので三角形)。
前に私、右後ろにオーナー、左後ろにトモという感覚で並んで周囲を警戒しながらエリアを進みます。
「どうです?分かりました?」
「ふむ、まあお前にしてはいい考えだな」
「分かりました!援護します」
そりゃ私は色々なシュミレーションで、数々の場に対応出来るように訓練してますからね。
ときどきゲームやマンガも参考にさせてもらってます。
「じゃあよろしくたのむぞ君達!」
「それじゃあ出発!!!」

エリア2に到着。
結局レアらしき物は見つかりませんでした。
しかしまさか、ギゼルさんがイノシシ型とは思いませんでしたよ。
いきなりラッピーを見るなり斬りかかって行くギゼルさんは、自殺行為のようにしか見えません。
っていうかイヤがらせでしょうか?
ウルフ系にはちゃんと向き合っています。
ラッピーを中心的に攻撃しているところも文句はあまり無いです。
しかし、肝心のブーマを見る度に尻餅ついて転んで…、やっぱり足を引っ張ってます。
でも泥だらけの姿を見ると文句は言えなくなります、哀れで。
「ちょっと休憩しましょう」
「そうですな、私も疲れてきたところだ」
本当に疲れてるのは、あんたのせいで回復ばっかしてるオーナーだよ。
「ギゼルさんは何が欲しいんだ?」
「そういえば聞いてなかったな」
ラグオルに来るほどのものとは何なのか、そこらへんに落ちてる武器には目もくれてなかったし。
「ん?それは出たら言うとも」
言えよ、コノヤロー。

ドラゴンまであと一歩というところまで来てラッピーの大群をみつけました。
すごい量だ。さすがに今飛びこんだらギゼルさんはただじゃ済まないだろうなぁ。
「ここはオーナーのテクニックで一気にいくか」
「よーし、任せて下さいよ〜!」
「ギゼルさんは行くんじゃないぞ、相手はラッピーと言えど大群だから…」
「あれ?ギゼルさん?」
「炎武神光臨、灼熱の爆炎により焼き尽くせ…」
オーナーの意味のない詠唱が始まった。意味はないがこれをやらないと目覚めが悪いらしい。
「とりゃああ」
ってギゼルさん!なに攻めてるんですか!!
「なにやってんだよあいつ!?」
「ハアァァァ…」
「わっちょっオーナーちょっと待て!!」
「もうテクニック発動しちゃいましたから抑えられませんよ〜〜」
「ええいクソ!!」
ガシッ
「えっ?何で俺をつかむんだよワカ?」
「トモ、私達は親友だよな!!」
「は?なに言ってんだ?」
「ゆるせっ!!」
ブゥンッ!!
「おぅわぁぁっ!?!?」
とめられないならテクニックの対象を変えればいいこと。
すなわち…。
「オーナー!トモを狙え!」
「ラ、ラフォイエ!」
ピカッ ドゴォォン!!
「ぎゃあぁぁっ!?」
すごい悲鳴が響きましたがトモならきっと平気だ!多分
「よし!お前はこれでもくらえーい!」
ビュッ ボフッ カキーン!
一瞬にしてギゼルさんごと凍ったのは、私が氷トラップを使ったからです。
見事なポーズですねぇ。口開けて目も大きく開いちゃってて、まさに凍りづけって感じ?
「うう…ワカ…てめぇ…」
トモが恐ろしい目つきでこちらをニラんでます。
なんですかその目は。だってしょうがないじゃないですか。
ギゼルさんじゃオーナーのラフォイエに耐えられませんし、私の腕力じゃないとあそこまで早く投げられませんよ。
発動中のテクニックを止めるなんてことしたら何が起きるか解らないですし、
オーナーの体がおかしくなるかもしれないじゃないですか!(トモにも言えることだけどね)
「オーナー、トモを頼みます」
おや、すでにやってますね回復テクニック。
「レスタ!レスタ!」
そんなにヤバいのかあのテクニックは…ていうかリバーサーの方がいいんじゃないか?
まあこんな状況じゃ落ち着けません。
とりあえずラッピーを全滅させるのが先決です。
「でりゃあぁ!!」
フロウウェンの大剣を振り回してラッピーを振り払います。
氷が衝撃で割れてラッピーが逃げ惑います。
しかし、すかさず追い討ちを食らわします。
こうして私はガゼルさんを守り抜きましたが、親友にケガをさせてしまったことが心に病みます。
えっ?別に悪気はありませんよハイ。
おや、やっとレアがでましたね。
あとで報せてあげましょう。とりあえず今は病院です。
凍ったままのギゼルさんと、ラフォイエの直撃を仲間の為に受けたトモを抱えて、
オーナーとともにテレポーターをくぐりました。



「んん…ここはどこだ?」
目を覚ましたのは病院のベッドの上。ギゼルさんのすぐ近くには奥さんが来ていました。
「あんた!!大丈夫かい!?」
「お、おまえ!?」
「心配したんだよ!あんたがラグオルに降りるとこを見たって人から聞いたときから…このバカ亭主!!」
ガツン!
「あがっ!?すまねぇカカァ」
「今度行ったら許さないよ!」
シューッ
扉を開く音でギゼルさんの奥さんが振り向きました。
「まあまあ、奥さん。それぐらいにしてやってください」
私は病室の前で待っているつもりでしたが、中でギゼルさんの悲鳴(あがっ!)が聞こえた事から、
何かあってはマズイということを考えてお邪魔することにしました。
私の右手には先ほどのレアアイテムがあります。
そうです、コレがギゼルさんが探していたアイテムなんでしょう、きっと。
「あんたもうちの亭主を凍らすとは何事だい!?」
「まあまあ、ギゼルさんはこれをさがしていたんでしょう?凍らされても放さなかったこれを」
私は奥さんの方にアイテムを手渡しました。
ツヤのあるクリームイエローのラッピーの羽を。
「あんたはこんなもんのために命張ったのかい!」
本当に怒っているのか、心配しているのか、それは夫婦が一番よく知っていることでしょう。
「違うよ、私はお前の為に命を張ったんだ」
奥さんはその言葉を聞いて驚いたようです。
「あたしのためかい!?」
「ああ、今日は結婚記念日だろ?おめでとう…」
ギゼルさんは眠ってしまったようだ。よほど疲れていたんですね。
ギゼルさんに背中を向け、奥さんは私を見ました。
「ははっ、バカ亭主には変わりないよ、こんなもののためにねぇ…」
鼻をすすっている所をみるとまんざらでもなさそうです。
「あんた達には世話かけたねぇ、少ないけど報酬として取っといてちょうだい」
「…はい、たしかに受け取りました。またのご利用、お待ちしています!」
「夫が来ても、もう依頼受けないようにね、頼むよ」
「ありがとうございました!」

私の初めての心に残る仕事でしたよ。



◇   ◇   ◇



「くっそーー!!」
トモの怒声が響く。
「なんで俺がこんな目にーー!!」

後から聞くと、トモは全治2ヶ月の入院を余儀なくされたらしい。
そのときは何となく見舞いに行くと殺されるような気がしたので、そのままオーナーとノーチェへ帰ってしまいました。
ゴメン、トモ、親友だったら許してくれ!
「許すかーー!!」


<END>

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