ノーチェの営業が始まって、1年半が過ぎました。
 
 その間、大なり小なり色々な事件がありましたが、つい最近、パイオニア2を騒がせていた「ダーク・ファルス事件」が解決されました。
 
 なんでも数名のハンターズが、あの破壊神を打ち倒したとか。
 
 かの「レッドリング・リコ」ですら成し得なかった事も、みんなで力を合わせればなんとかなるものですね。英雄は一人じゃないんです。
 
 ――しかし。
 
 厄災の源であったダークファルスを倒したというのに、ラグオルから変異獣の姿が消える事はありませんでした。
 
 『ラグオルにはまだ、謎が隠されている!?』
 
 そんな噂がラグオルの風に乗り、パイオニア2を駆け抜けました。裏情報では謎の遺跡やら海底プラントまでもが発見されたようですが……。

 さて今回の話は、そんな噂が流れ始めた頃のお話です。具体的には、「エピソード1」と「エピソード2」の間くらいの出来事と思って下さいな。
 
 ……え? 話の内容ですか? 
 
 それは読んでのお楽しみ。では、スタートです。
 

『虚ろな突撃行軍歌』



「へっぽこさん、突然ですがあなたをプロデュースします」
 
「はあ? オーナーさん、いきなり何を言い出しますか? 」
 
 私が手に持っていた扇舞で「ビシッッ!」と指すと、へっぽこさんは怯えた瞳でこちらを見返してきました。そして、恐る恐る言ってきます。
 
「プロデュースってアレっスか? 普通の女の子を公募して、抽選や訓練の風景やらをTVで放送して同情をかき集め、でも最終的には好みだけで採用するエグイ行為っスよね? で、夏になるとアホみたいにシャッフルしたりとかして。ンでもって視聴者受けが悪くなったり、ある程度年を取ったり、自分が気に食わなくなると『卒業』という名目で一人立ちさせてしまうっていうアレっすか? あそこ、気がついたら10代前半ばっかりのロリ集団になってますよね。ってぇか連中、歌下手クソっすわ。そこら辺でハモ○プやってる人の方が、まだ歌巧いっすよ。
 ……はっ! あんな連中に比べたら、アイドルを目指していたのに、気付いたら演歌歌手になっていた人たちの方が、百万倍苦労してるってモンですよ。視聴者を舐めンのも大概にしろってんです! 何が国民的アイドルグループっスか。あんなのが国民的であっちゃいけませんよ、いやマジで。頭を下げて地方巡業してみやがれってんだっっ!」
 
 後半の方になると、ほとんどもう絶叫に近い形で叫んでます。……へっぽこさん、あなた『モー○。』に恨みでもあるんですか? 
 
 私は気を取り直すと、もう一度口を開きました。肩で息をしている彼を扇舞で扇ぎつつ、
 
「言い方が悪かったですね。ようするに、あなたのレベル上げですよ。私だって脳味噌がプリンで出来てるとしか思えないような、程度の低い歌詞なんか書きたくありませんもの。知性を疑われますわ」
 
「それならそうと先に言って下さいよ。振り付けまで考えちゃいましたよ……って、レベル上げ?」
 
 目を見開いて、へっぽこさん。
 
 私は大きく頷きました。
 
「ええ、あなたのレベルは現在73ですよね? 頑張って幾つかレベルを上げれば、アルティメットへ参加出来るじゃありませんか。ウチはフォースの需要が高いんですから、是非とも頑張って欲しいところです」
 
 と、私はにこやかに提言しましたが。
 
「前向きに善処します」
 
 へっぽこさんは政治家のような返答をわずか0.5秒ほどで返してきました。 ……遠回しに嫌だって言ってるわけですね。
 
 ハンターズなのにレベル上げが嫌だというのは、どういう事でしょう?
 
 私は少しだけ目を細めると、店内を見渡しました。
 
 ノーチェの営業はもう終わっています。
 
 店内にいるのは私、姉様、へっぽこさん、ルーチェさん、ラグナロクさん、そしてハンターズを引退したはずのフェアバンクスさん、以上の5名です。
 
 このなかでへっぽこさんを説得出来そうな人と言えば……。
 
 すぐさま私は、期待を込めた熱視線を姉様に送りました。
 
 姉様はルーチェさんやフェアバンクスさんと談笑していましたが、私の視線に気付くと振り向いてきます。
 
「どうしたのかしら?」
 
「姉様からもへっぽこさんに、レベルを上げるように言って下さいまし。アルティメット対応のフォースは貴重なんですよ」
 
「そうね……」
 
 姉様は猫のように瞳を細めると、その紅い視線をへっぽこさんに投げ掛けました。「う゛っ」と小さく唸り、へっぽこさんはたじろぎます。
 
 姉様はスツールに腰をかけ、にっこりと微笑みながら言ってくれました。
 
「へっぽこ、あなた仮にもナンバー1ホストなのだから、もう少し芸を増やすべきじゃないかしら。安定と言えば聞こえはいいけど、向上心が足りないのは問題だものね? アルティメットにも対応してこそ一流じゃないかしら」
 
「くぅぅぅ……」
 
 眉間に皺、顎に梅干しを刻んでへっぽこさんが苦悩に満ちた呻き声を上げました。頭を抱えて呟くように言ってきます。
 
「くそぅぅ……。なんだかママさんに言われると正論って感じがして反論出来ねえっス。説得力レベルが違うんだもんなぁ」
 
 ……逆に言えば、私が正論を言っても正論に聞こえないんですね? それよりも説得力レベルって何ですか?
 
 そんな事を疑問に思っていると、やがてへっぽこさんが諦めたように言ってきました。
 
「はい、行きます。とりあえず修業に行きます。行かないと後が恐いっス」
 
「ふふ。聞き分けの良いコは好きよ。付き合って上げたいけど、妹たちがうるさいから今日はパスさせてもらうわ。ルーチェも連れていくから、オーナー、後はよろしくお願い出来るかしら」
 
「はいな。他に付き合う方はいませんか?」
 
「面白そうだから、俺もいくか」
 
「おじさまも?」
 
 フェアバンクスさんが名乗りをあげると、ルーチェさんは驚いたような声を上げました。姉様も意外そうな眼で見ています。
 
 フェアバンクスさんは苦笑いを浮かべると、
 
「いやまあオーナーさんには色々貸しがあってな……。ラグナロクはどうする?」
 
「行くけど、ちょいと残業があるから遅れるわ。先に行ってくれ」
 
「わかりました。では姉様にルーチェさん、また今度」
 
「ふふ。またね」
 
「頑張ってね、オーナー」
 
「はいな。じゃあ野郎ども行きますよ」
 
『へーい』
 
 そうやって私たちはゾロゾロとノーチェから出ました。
 
 

   ※
 
 

 へっぽこさんのレベルは73。当然ながらベリーハードが限界です。
 
 だから、というわけじゃないですが。
 
「なんで森からなんスか?」
 
 テレポートゲートから出るなり、へっぽこさんは不満そうに口を尖らせました。
 
 ほとんどアルティメットレベルの彼にとって、いまさらVHの森など話にならないのでしょう。
 
 私はフフンと得意気に笑みを浮かべると、少しだけ胸を張って答えました。
 
「うふふ。なんの考えもなしに森を選んだわけじゃないですよ。こう見えてもこの私、誰かの特訓やらダイエットに付き合うことにより、もっとも効率の良い特訓ルートを発見したのです。何か問題でも?」
 
「いや、そういうのじゃないんスけど、どうも森には嫌な記憶が……」
 
 多分、アレでしょうね。
 
 私は視線を逸らして空を仰ぎ見ると、
 
「良い天気ですよ、へっぽこさん。アルティメットになったら夕陽ばっかりですから、今のうちに網膜に焼き付けておきましょう!」
 
「段ボール……」
 
 まだブツクサ言ってるへっぽこさんを横目に、私は歩き始めました。
 
 今回持っている武器は、フリーマーケットで購入したアングルフィストです。属性はありませんが良い感じです。
 
 シュッ、シュッとシャドーボクシングの真似をしても、所詮フォースですから様になりません。往復ビンタから突き飛ばす、いつもの3連続攻撃の方が効果は高そうです。
 
「ところで、フェアバンクスの親父さんなんスけど、先に行かせて良かったんですか」
 
 後から追い付いてきたへっぽこさんが、私の隣に並んで言ってきます。
 
「ええ。ちょっと色々頼み事をしたんですよ。ふふふ……」
 
「まぁたロクでもねえ事を企んでますね」
 
「ロクでもないとは失礼な。……あ、敵さんですよ」
 
 頭上にある木々の枝が不自然なくらいに大きくたわみ、葉っぱが落ちてきました。
 
 ラッピーが落ちてくる前兆です。
 
「テクニックでさっさと倒しちゃいましょう」
 
「ういっス」
 
 へっぽこさんが返事をした直後――
 
 ラッピーが降ってきました。
 
 即座にナノマシンを散布、精神力によって化学変化を引き起こさせます。
 
「ギゾンデ!」
 
「凍りなさいっ」
 
 雷が荒れ狂い、冷気の嵐が駆け抜けました。
 
 ラッピーたちはぴゅーと逃げていきます。
 
「……頭じゃわかってたんスけど、歯応えないっスね」
 
「経験値稼ぎなんてそんなものです。滝にうたれて経験値が貰えてもイヤでしょう?」
 
「剣豪の世界っスね」
 
 出てくる敵を片端から薙ぎ倒していきます。
 
 TPがもったいない時は直接攻撃を使いましたが、それでも20分もする頃には森1は完全に制圧し終わり、森2へと足をのばします。
 
「さて――」
 
 森2へ入ったところで、私はへっぽこさんを呼び止めました。
 
「ここからちょっとしたゲームをしましょう」
 
「ゲームっスか? どんなのですか?」
 
「この森のどこかにフェアバンクスさんが隠れているんですよ。どっちが先に見つけるか勝負です。見つけたらメールして下さいな」
 
「なるほど。だから先行してもらってたんスね。いいッスよ、引き受けましょう。勝ったら晩飯ゴチになります」
 
 言うが早いか、へっぽこさんは走りだしました。ゲートを開けて北側へ向かいます。
 
 さて私も。
 
 と、一歩踏み出したところで、私は重要な事を教え忘れているのに気付きました。
 
「へっぽこさーーーんっ」
 
 私は出来る限りの大声を張り上げました。
 
 彼の姿はすでに遠くにあって、聞こえているかどうかは定かではありません。 でも、それでも私は声を上げました。
 
「トラップがあるから気をつけて下さいねーー!!」
 
 カッ!!
 
 隣のエリアで、爆発音が鳴り響きました。一瞬遅れて地響きが伝わってきて、巨大な水柱が天に届こうかという勢いで吹き上がります。
 
 その水柱の先端に、へっぽこさんの姿がありました。
 
 彼の身体は水柱と共に天へと押し上げられ、錐揉み状に回転しながら地面へと落下していきました。
 
 ……あーあ、ちょっと遅かったようですね。
 
 っていうか、トラップの勢いが強すぎるような気がしますけど?
 
 私は袂からギルドカードを取り出すと、フェアバンクスさんをコールしました。
 
『お、オーナーさんか? あんたが連絡してくるって事は、今ひっかかったのはへっぽこだな?』
 
「ええ。オリンピックの飛込み選手が真っ青になるような、素晴らしい錐揉み落下をしてましたわ。アレ、威力が強すぎませんか?」
 
『違法改造屋から買ったトラップだからな、あんなモンだろ。俺はトラップの位置を全部把握してるからよ、生き残りたきゃあ俺を捕まえる事だな。ではグッド・ラック』
 
 グッド・ラックって、そんな無茶苦茶な。
 
 ひょっとしたら『かなり私たちに恨みを持っているのでは?』とか勘繰っちゃいますよ。
 
 とりあえず、あの髭親父・・・もとい、自称美中年レイマーをを探さねばなりませんね。私も彼がどこにいるのかは知りませんし。
 
 ギルドカードを袂に戻そうとすると、またもメールが入ったことを報せる音がなりました。
 
 誰でしょう?

『ショートメール>オーナー
 今の爆発なんスか? あれがトラップっスか? いまので人形が一つ減りましたよ。あんなシャレになんねえトラップ初めて喰らいましたよ! こうなったら意地でも勝ちますからね。じゃあ!』

 あらまあ。へっぽこさんったら、すっかり意地になっちゃってますね。さ、私も探そうかしら。
 
 ……と、その前に。
 
 私はいつも持ち歩いている「アレ」を鎧のスロットに差し込みました。
 
 よし、準備完了。行きますよー。
 
 

  ※
 
 

 ――かっ!! ちゅっど〜〜んっっ!!

 2度目の爆発が起きたとき、へっぽこさんだけではなく、ブーマたちも一緒に宙を待っていました。
 落下する時、唐草文様の風呂敷をムササビのように使って、少しでも落下の衝撃を弱めようとしてる彼の姿を見たとき、不覚にも泣きそうになりました。
 例によって人形を使ったそうですが。
 
 

  ※
 
 

 ――かち。ぼとぼとぼとぼとんっ。

 3度目は爆発ではありませんでした。どこからか巨大な肉塊が降ってきて、その肉を目指してドラゴン1個小隊が争うように舞い降りて行くのを目撃しました。
 気のせいか、へっぽこさんの悲鳴が聞こえたような気がします。
 数十分後にメールが来たので読んでみると、へっぽこさんは今度から『ドラゴンキラー』を名乗るそうです。人形は一個も使わなかったそうだから、あら意外。
 
 

   ※
 
 

 ――ごっ! 

 4度目は音が半端じゃなかったです。至近距離で飛行機のジェット音を聞かされたような感じで、最初の爆音以外聞くことは出来ませんでした。鼓膜が破れそうです。
 例によってへっぽこさんは宙に舞っていましたが、さすが4度目です。一緒に吹き飛ばされたヒルデベアにキン肉バスターをかける余裕がありました。間違いなく彼は勇者だと思います。落下後、股関節脱臼で悶絶していなければカッコ良かったのですが。
 
 

   ※
 
 

 さてみなさん、ここで森2のマップを思い出して下さい。
 
 ……思い出せましたか?
 
 今回のスタート地点は、マップのほぼ中央、四方を湖に囲まれたところからです。
 
 私は南進し、へっぽこさんは北進しました。
 
 ドーム方向へ行かなければ、私たちは必ずどこかで落ち合うことになりますね。
 
 私とへっぽこさんがまた出会ったのは、マップのほぼ真西、スイッチがあるところです。
 
 彼は木々の間に身を隠すようにいました。
 
 満身創痍という言葉がぴったりな状態になっています。着ていた服はボロボロで、ナンバー1ホストの面影などどこにもありません。
 
「へっぽこさ……」
 
 私は声をかけようとして、しかし彼の異常なまでの緊張感に気付いて止めました。
 
 へっぽこさんは震える手で赤いハンドガンを持ち、木陰からそれを突き出して何かを狙っているようでした。表情には邪悪な笑みが張りつき、瞳には狂気の光を湛えています。
 
 私は足音と気配を殺して、彼の背後に回り込みました。
 
 へっぽこさんは余程集中しているのか、私の方にはまったく気付く様子がありません。
 
 そのまま私は様子を見守りました。
 
 ごくり、と生唾を飲み込んでから、彼は呟きます。
 
「ついにこの日がやってきたッス。耐え難きをスケープドールで耐え、忍び難きを段ボール忍び、やっと逆襲の機会がやってきた……」
 
 何を言ってるのか、さっぱりです。
 
 私はへっぽこさんの視線を追い、そして息を飲みました。
 
 段ボールがありました。
 
 今度は『青森りんご』と書いてある、巨大な段ボールです。
 
 あ、なるほど。
 
 アレの中に私が入っていると勘違いしているのですね。でも私はここにいるから……。
 
 へっぽこさんは再度唾を飲み込み、唇を舐めてから叫びました。
 
「ラグオルよっ、オイラは帰ってきたッス!!」
 
 パン、パン、パンッ!!
 
「ぐぎゃあああああ〜〜〜〜〜っっ」
 
 森林の中に、野太い男の悲鳴が響き渡りました。段ボールは痙攣したように震えた後、動かなくなりました。
 
「……ありゃ?」
 
 一番驚いているのは、撃った本人であるへっぽこさんでした。疑問符を浮かべて、手に持ったハンドガンと段ボールを交互に見つめています。
 
 段ボールと地面の隙間から、じわりと赤い染みが広がっていきました。
 
 なんとも言えない沈黙が、へっぽこさんと段ボールの間に漂っていきます。
 
 と――
 
 段ボールがいきなり「すくっ」と立ち上がりました。
 
 身体の部分はレンジャーであるところを見ると、やはりあれはフェアバンクスさんのようですね。
 
 頭を覆うように段ボールを乗せたまま、フェアバンクスさんはアイテムパックから銃を取り出しました。
 
 あら、いつぞや私が差し上げたヤスミノコフですね。
 
 段ボールを被ったまま、フェアバンクスさんは右手で銃を構えました。銃口は確実にへっぽこさんを捕らえています。
 
「ひぃっ!」
 
 へっぽこさんが伏せると同時、今まで頭があったところを弾丸が貫いていきました。
 
 彼は続け様に横に転がります。一瞬遅れで「ビッ」「ビッ」と地面に穴が穿たれ、土埃が舞い上がりました。
 
 着弾点は頭と心臓にそれぞれ確実に2発ずつ。プロの手口です。
 
 ……レベル高い殺しですねー。
 
 フェアバンクスさんはラチが開かないと考えたのか、左手で赤いハンドガンを持つと、腕を交差させて乱射しながら突っ込んでいきます。
 
 わお、ジョン・ウー張りのアクションです。
 
「すみませんでしたぁっ」
 
 豪快に涙を流しながら全力疾走するへっぽこさん。
 
「…………」
 
 一方、無言で乱射し続ける段ボール男。
 
 ラグオルに新しい都市(?)伝説が生まれるのも、もうすぐかも知れません。まる。 
 
 

   ※
 
 

「三重に偉大なヘルメスよ。願わくば我にエリクサを与え給え」
 
 レベル30に達したレスタの力は絶大です。ほぼ瀕死にある者すら蘇生させるほどです。
 
 だから、というわけじゃないですが。
 
 ほぼ虫の息であったへっぽこさんは、辛うじて復活する事が出来ました。 
 
「ところでフェアバンクスさん、本当に治療はいいのですか?」
 
「いや、いいよ。構わねえでくれ。こンくれぇカスリ傷だ」
 
 眉間と鳩尾に人差し指大の穴を開けたまま、フェアバンクスさんは豪快に笑ってみせました。
 
「渋くてカッコイイのと、無駄にしぶといのがレイマーの取り柄だからな、へっぽこぐれぇの攻撃じゃあビクともしねえよ」
 
「まあ、それであなたがいいというなら、こちらとしても言う事はありませんが……その割りには本気で追い掛け回していたような」
 
 私がジト目で見つめると、何故か攻撃されていたへっぽこさんが唾を飛ばしながら弁護してきました。
 
「何言ってるんスか、オーナー!! 段ボールは漢――漢字の漢と書いて『おとこ』っス――の必須アイテムじゃないっスか。古来より数多くの工作員が助けてもらってきたんですよ? 真心と愛情を持って扱えば、必ず段ボールは応えてくれるんです。些末な扱いは許されないんス。ましてやそれに銃を向けるなどやっちゃイカンのです」
 
「まあ、そういうワケで、つい俺も熱くなっちまったわけだ。まだ俺も若いね、はははは……」
 
「いやぁ親父さんは充分若いッスよ。はははは……」
 
 馬鹿二人は肩を抱き合い、底が抜けた笑い声を上げました。
 
 これが男のロマンというやつだとしたら、男とは余程アホな生物なのでしょうね、とか思ったりしますが。
 
「ごほん」
 
 と咳払いしてから、私は周囲を見渡しました。
 
 二人が暴走しまくったお陰で、当初の予定は大きく変わってしまいました。
 
 ここは坑道です。
 
 森、洞窟はあっという間に走破してしまいました。私は暴走する二人の後をついてきただけで、何もしてません。
 
「はあ、どうしましょうねえ。特訓メニュー『アッシュ・コース』の予定がすっかり狂ってしまいました」
 
「ふ、不吉なタイトルのコースですね」
 
 恐れ戦いたようにへっぽこさん。
 
 私はニコリと笑みを浮かべると、
 
「ちなみにどういうコース構成かと言うと……」
 
「聞きたくないっス!!」
 
 両耳を塞いでへっぽこさんが絶叫を上げました。
 
「どーせロクなもんじゃないんでしょう!?」
 
「あら失礼な。普通にラグオルでトライアスロンしてもらうだけですよぅ」
 
「……以外とまともっスね」
 
「でしょう? これらをラグオルでやってもらうだけです。ちなみに水泳40キロ、自転車10キロ、マラソン1,5キロです」
 
「待てぇッッ!!」
 
 フェアバンクスさんが全力で突っ込んできました。
 
「距離が違うだろがっ! 水泳1,5キロ、自転車40キロ、マラソン10キロだろうが! 水泳40キロなんて途中で死ぬわっ」
 
 ……あら、そうだったかしら。
 
 少し考えてから訂正しました。
 
「じゃあ訂正しましょう。順にマラソン10キロ、自転車40キロ、最後に水泳1,5キロです」
 
「なんで最後が水泳なんスか? 死にますよ」
 
「それが目的ですもの」
 
『おいおい……』
 
 二人が呆れ顔で見つめてきました。
 
 私は口を尖らせて反論します。指をピンと立てて、
 
「普通にやったら死ぬ事を、どうやって誤魔化して潜り抜けるか、が本当の目的なんですよ。実戦じゃ自分より強い奴とばったり出会う事もあるでしょう? 少なくともアルティメットじゃ日常茶飯事です。本当に強いとは、いかなる環境でも生き残る事です。だから私は嫌々ながら、渋々と、蛇蝎の如く嫌われるのを承知の上で、この嫌がらせのような特訓をしているのですよ。嗚呼、良心が悲鳴を上げています」
 
「前半分はともかく、後半は納得しかねるっス。あんたスゲぇ嬉しそうに……」
 
「衝撃のファーストブリットっ!!」
 
 どすっ!
 
「うげっ!!」
 
 私のボディブローを受けて、へっぽこさんが沈みました。アングルフィストを装備してますから、効果は抜群でしょう。
 
 私は膝をつくと、滝のような脂汗を流しているへっぽこさんの傍で囁きました。
 
「訂正するなら今のうちですよー。無料で許しちゃいます。わお、大サービス」
 
「すいません、いやマジで。心の底から謝罪して訂正させていただきます」
 
「ええ、素直でよろしい」
 
「アークがいねえと暴走しっぱなしだな、この姉ちゃんは」
 
 ボソっとフェアバンクスさん。ええ、自分でもそう思いますわ。姉様が傍にいないと、暴走してもイマイチなんですよねー。
 
 私は膝についた土を払うと、アイテムパックをへっぽこさんに手渡しました。
 
「はい、へっぽこさん。あなたは勝負に負けたんですから、荷物持って下さいな。それで勘弁してさしあげますわ」
 
「うう、ありがとうございます……って、オーナー。ふと思ったんスけど、どうしてトラップに引っ掛からなかったんですか?」
 
「そういやそうだな。無傷だったし」
 
 へっぽこさんとフェアバンクスさんの視線が集中してきます。
 
 私はにっこりと笑うと、アーマーのスロットからユニットを取り出しました。
 

・トラップ/サーチ(注:話はDC版です)
 

「……」
 
「……」
 
「その目はなんですか? 私は一言もユニット禁止なんて言ってませんよ」
 
「いや、もういいッス」
 
「薄々と気付いちゃいたがねぇ」
 
 なんだか不満げな視線ですが、私は無視して坑道の奥を指し示しました。
 
「とりあえず先に行きましょう」
 
 言いつつ先導します。
 
 

   ※
 
 

 通路を抜けてシノワビートを張り倒し、トラップを粉砕しつつ奥へ奥へ。
 
「うう〜〜〜、オーナーの荷物重いッス。何が入ってるんですかぁ」
 
 しばらくすると、背後からへっぽこさんが呻いてきました。
 
 私は扇舞をたたむと、顎の先に当てて目を閉じました。
 
 えーと荷物の中は。
 
「たしかバズーカとヒルデブルーの杖、鉄パイプが入ってますね」
 
「なんだってンな物騒なものばっかり持ってるかね」
 
 不精髭をさすりならがら、呆れ顔でフェアバンクスさん。
 
「たしなみですわ。オーナーとしての」
 
 私はそう答えると、先に進んでいきました。
 
 フェアバンクスさんとへっぽこさんの足音が後ろから付いてきます。
 
 ……なんでしょう? せっかく特訓しているというのに、何かが物足りない気がします。景気が悪いというか、勢いが無いというか。
 
 歩きながらくるりと振り返り、野郎二人を観察します。
 
 両手に荷物を持ったへっぽこさんと、鬼教官といった風に彼を見守っているフェアバンクスさん。
 
 ん? 鬼教官。
 
 自分で思った事ですが、鬼教官という単語に引っ掛かりました。
 
 鬼教官と言えば軍隊です。軍隊と言えば……。
 
「あ、そーでしたか」
 
 私は両手を打ち合わせました。
 
 にっこりと笑って言います。
 
「何かが足りないと思っていたんですよね。そう、歌ですよ。歌」
 
「は?」
 
 眉を八の字にしてへっぽこさん。手に持った荷物の重さに喘ぎながら、
 
「何を言い出すかと思えば、いきなりなんで歌なんスか?」
 
「これはラグナロクさんから聞いた話なんですが、軍隊とはとりあえず歌うところだそうです」
 
「アイツも軍にいたのかい? 懐かしいねぇ」
 
 と、これはフェアバンクスさん。目を閉じてニヤニヤと笑みを浮かべて、
 
「たしかに色々と歌を覚えたなぁ。武器持つと両手が塞がるからな、歌うぐれぇしかやる事がねえんだ。整列するにも走るにも、とりあえず馬鹿みてぇな歌詞の歌がある。便所掃除の歌っつーのもあったな」
 
「へぇ……そうなんスか? でも、それと今どう関係が?」
 
「黙々とレベル上げなんて寂しいじゃありませんか? だから歌って賑やかにいきましょうよ。うん、こんな時はガンパレードマーチ(突撃行軍歌)なんかが似合うかも知れません」
 
「いやまあ構わないッスけど、オイラ軍隊の歌なんて知らないッスよ?」
 
 へっぽこさんは救いを求めるようにフェアバンクスさんを見ました。が、不精髭親父は首を横に振るだけです。
 
「俺が軍にいたのは、もうン10年前の事だ。歌なんて覚えちゃいねえよ」
 
「だそうッスよ、オーナー」
 
「んふふ。実は私、歌えますよ。この間、軍楽隊の人に即興で作ってもらいましたから」
 
「どーしてこの人は、無駄なところで手回しがいいッスかね?」
 
 げんなりとへっぽこさん。
 
 私は無視すると大きく息を吸ってから、
 
「はい、じゃあへっぽこさんにフェアバンクスさん、私が歌いますから後についてきて下さいね」
 
 お腹に力を入れ、意識して口を大きく開いて歌いました。
 

「ノーチェ突撃行軍歌」
歌:レイヴン 作曲・編曲:冷奈(予定)

 さあ進め右手に凶器 薙ぎ倒せライバル店
 「お○ょう」「テ○コウ」なんのその 妨害工作密かに完了!
 命の保障はないけれど 素敵な夢がそこにある
 強請(ゆす)れ常連 残すな証拠 完全犯罪目前だ

 ※DEAD OR ALIVE 我らノーチェはどこまでも
  DEAD OR ALIVE 眠くなったら交替だ

 (台詞)
 ©「クラブノーチェへようこそ このお店の説明しますね
 ここは冒険者の店やルイーダの酒場のように 冒険の仲間を紹介するところです。
 チャットからアイテム移動までお客様の要望にお応えしますわ。
 さあ本日はどのような冒険をご希望でしょうか?」
 ª「……あのー『ルイーダの酒場』って何ですか?」
 ©「わーおっ! ジェネレーション・ギャップ!!」
 (※実話です)

 さあ逝こう人形片手に マグはソニチ無敵でGo!
 ママの眼帯秘密がいっぱい 実はビームが出るかもよ
 受付けちょっと長いけど 待たせる甲斐はきっとある
 値段格安 品行方正 新たな冒険待っている

 DEAD OR ALIVE 始まるKILLING TIME
 DEAD OR ALIVE 世にも素敵なバイオレンス

 ※繰り返し
 

「なんと素晴らしい歌でしょう……」
 
 思わず私は目頭を押さえました。感動で涙が止まりません。
 
「すごすぎッス」
 
「ああ」
 
 男二人も感動したようにお互いの顔を見合わせました。そして――
 
「こんなロクでもねェ歌初めて聞いたッス」
 
「ああ。ある意味芸術的ですらあるな」
 
 ――なんですとッ!!!
 
 私の身体に、ラゾンデを喰らったような衝撃が走りました。あの歌を気に食わないとはどういうことでしょう?
 
 ビシッと扇舞で二人を指し示し、食い付くような口調で私は続けました。 
 
「この歌のどこが気に食わないというんですか? しかも全4番まであるのを、わざわざ2番にまでショートカットした特別バージョンだったというのに!?」
 
「4番まであるのかよ……」
 
「聞きたいのと聞きたくないのと、微妙な紙一重のラインにある歌ッスね」
 
「ちなみに3番以降は『白いブタどもをブチ殺せ』だとか『北◯鮮の軍部は地獄に落ちろ』といった、心トキメク歌詞が目白押しですが、マイベストは『裏切ったな国賊が!』という下りでしょうか」
 
「……あんたいい加減にしないと言論封殺されるッスよ」
 
「……ええ、私も危険だと思います」
 
 とりあえず同意すると、私は笑顔でへっぽこさんに告げました。
 
「さあへっぽこさん、今の歌を歌いながら行きましょうか?」
 
「出来るかぁっっ!!!」
 
 ええっ、何故?
 
 荷物をその場に置いて、彼は私の襟首を掴まんばかりの勢いで言ってきます。
 
「あんな歌を歌えるわきゃないでしょーがっ!! 例によって例の如く笑顔で無茶な注文ばかりして、アンタ本当はこの状況を楽しんでるだけじゃないっスか!? 大体ガンパレード・マーチで『デッド・オア・アライヴ』とか『人形片手に』なんて歌詞はマズイでしょう。てぇか、今あんたアドリブで作っただろ!?」
 
 ――ギクッ。
 
 私はヨロヨロとよろめくと、コホンと咳払いしてから明るい声で答えました。
 
「あ、あはははあは。そそそそそそんなワケないじゃないですか」
 
「その割には声が裏返ってるな、オーナーさんよ」
 
「フェアバンクスさんまで何を言い出しますか」
 
「……なんで視線が泳いでるんスか。怪しいッス」
 
「怪しくなんかないですっ!!」
 
 私は大きく踏み込むと、彼の肋骨めがけて――
 
「撃滅のセカンドブリットッッ!!」
 
 ごきん。
 
「ぐぇっっ」
 
 へっぽこさんは身体を「く」の字にしてその場に倒れこみました。
 
 ……ふ、肝臓打ちが綺麗に入りました。
 
 口の端から赤い糸を垂らしつつ、へっぽこさんが呻きます。
 
「やっと解ったッス。オーナーの突っ込みって、踏み込んで腰を入れて、最後にパンチを放つから痛いんだ。女の打つパンチじゃないっス。ボクサーばりッス」
 
 何を言っているんですか。私なんぞまだ甘いですよ。
 
 私の知人に至っては、親子喧嘩で肋骨を折るくらい激しい喧嘩してるんですから。……友人が2本折られた方ですが(実話)。
 
 ともかく私は、いつもの笑顔を浮かべると、二、三回咳払いをしてから静かに告げました。
 
「いいですか、へっぽこさん。物事を断るときは、決して『いいえ』と言ってはなりません。違うとき、Noと言う時は、『はい、いいえ違います』と答えるんです。分かりましたか?」
 
「りょ、了解ですオーナー……」
 
「ますます軍隊じみてきやがったなあ」
 
 フェアバンクスさんの呟きが、坑道に流れていきました。
 
 たまには逆ギレしてみるものですね。
 

 ……あ。あなた今、「いつも逆ギレしてるだろ」って突っ込みましたね? 憶えておきますよ。うふふふ。
 
 

   ※
 
 

 遺跡に到着すると同時に、メールが入りました。
 
 ラグナロクさんが残業が終わったので、こちらに合流するそうです。
 
 リューカーを使って遺跡に来た途端、彼は開口一番こう言いました。
 
「……へっぽこ、何があった?」
 
「はい、いいえ何ら変わりありません。体調は良好であります」
 
 直立不動の姿勢でへっぽこさんが答えました。視線は中空の一点を見つめ、指先は真っすぐに伸びて、ズボンの折り目とぴったり合っています。
 
「……」
 
 ラグナロクさんは無言で、なぜか私の方を迷う事無く見つめてきました。まるで私が何かをしたと決め付けているようです。
 
 むー、失礼しちゃいます。
 
 私はプイと横を向きました。
 
 苦笑いを浮かべて、フェアバンクスさんがラグナロクさんに説明しました。私に聞こえないよう、囁くように。
 
「ほら、オーナーが軍隊風に調教してるんだ」
 
「おぅ、なるほど。よく分からないが、なんとなく理解出来た」
 
 調教ってどういう事よ。それよりもそれで納得しないで下さいな。
 
「……ラグナロクさん」
 
 私がジト目で睨みつけると、ラグナロクさんは乾いた笑いを浮かべて受け流しました。
 
「あ、いや。冗談です。それよりもレベル上げは好調なんですか?」
 
「芳しくないですね」
 
 私ははっきりと答えました。続けてフェアバンクスさん。
 
「正直ベリーハードじゃ時間がかかってしょうがねえ。だからといって一人でアルティメットのシミュレーターをやらせても、あっさりやられるだろうしな。やりづれぇレベルだよ」
 
「ふーん。じゃあ手っ取り早くこうするか」
 
 ラグナロクさんは目の前にあった扉を開けると、
 
「オラ」
 
 げしっ――
 
「げふぅ」
 
 へっぽこさんの背中を蹴りました。彼は弓なりに背を反らして、部屋の中まで吹き飛ばされます。続けてラグナロクさんは即座に扉を閉めると、スイッチに斬撃を加え破壊、へっぽこさんを閉じこめました。
 
 わお、お見事。
 
『うわー、何するんスか!?』
 
 ドンドンと扉を叩きながら、へっぽこさんが叫んできます。
 
 一方ラグナロクさんは、小指を耳の穴に入れて気軽そうに、
 
「レベル上げったらこれが一番だろう? 頑張れよ」
 
「たしかにそうだろうけどよ……」
 
「戦わなければ生き残れない、というわけですか」
 
「そういう事。甘やかしてもなんだしな。ましてやムサ苦しい野郎だし」
 
 私達は扉の前で話し合いを始めました。
 
 そのうち立っているのにも疲れたので、敷物を敷いてお弁当なんか食べちゃいます。
 
 きちんとお弁当持ってきて良かった。フェアバンクスさんは愛妻弁当持参ですし、ラグナロクさんは食べてきたので飲み物だけでOK。
 
『ひぃっ、敵反応。なんで馬が5匹も出てくるんスか?』
 
『どっかで見たことあるダル・ラ・ラリーがっ! ここベリハのはずなのにぃ』
 
『人間染みた包囲戦を仕掛けてくるっ?!』
 
 扉の向こうからへっぽこさんの悲痛な叫び声と戦闘音。
 
 しかし私たちは気にせずに談話を続けました。
 
「ところでフェアバンクスの旦那。オーナーに借りがあるとか言ってたが、一体何なんだ?」
 
「うふふ。それはですねえ……フェアバンクスさんもまだ若いって事ですよ」
 
『うぎゃあ! グランツが痛えっス』
 
「頼むからカミさんには秘密にしててくれよぅ」
 
「ええ、秘密にしておきますよぅ。アリスさんやアンナさんにセクハラしただなんてね。あとツケがたまりまくっているとか。もう現品で支払うのは勘弁願いたいですねー。赤ハン5丁っていうのは、さすがにもう使えませんよ?」
 
 にっこり笑うと、フェアバンクスさんはうな垂れました。その肩をラグナロクさんが叩きます。
 
「まあ、あれだ。オーナーに知られた時点で終わったって事だ。諦めた方が早いかもな。奥さんに刺されるくらいなら死にゃあしねえだろうし」
 
「……色々と引っ掛かる言い方ですが、まあそういう事です」
 
「いや、それがよ。ウチのカミさん、シフ&デバとジェルン&ザルアを完璧に使いこなしてくるんだよ。30レベルのシフタとなりゃあ、そこんじょそこらのレア武器よか強ぇからな。それでフライパンでどつかれてみろよ? 俺のこの高い鼻がヘシ折れるってもんだァ」
 
『ラフォイエ……ってヤバッ、TPがもう……。助けてくれッス』
 
 ドンドンと、またも扉を叩く音。
 
 かなり切羽詰まっているようですね。助けてあげたいところですが、しかしここで助けては、彼の成長にはならないでしょう。
 
 ここはもう涙を飲んで、断腸の思いで断らなければ。泣いて馬謖を斬るって感じです。
 
 私は立ち上がると、扉の向こうにいる彼に諭しました。
 
「へっぽこさん、人生には何度か一人で戦わなければならない時があります。まさに今がその時です。それに――」
 
 私は頬に手を当てて、小声で呟きました。
 
「助けたくても、ドアが壊れて開きませんし」
 
『あんたらが壊したんでしょーがっ』
 
「雷帝よ!」
 
『ギャースッ!?』
 
 扉越しのラゾンデで黙らせると、私は先程の台詞を続けました。
 
「そういう辛い時にこそ、歌を歌いましょう。手に手を取り合い、明日へと続くガンパレード・マーチを。歌は絶望を希望に変え、希望を力へと変えてくれます。だから歌いましょう」
 
『……』
 
 沈黙。
 
 時間にすれば1秒にも満たない間でしょう。
 
 その間、へっぽこさんの心情にどのような変化があったかは解りません。
 
 しかし、次の瞬間。
 
『さあ進め! 右手に凶器ィ!!!!』
 
 高らかに歌い上げる彼の声が響き渡りました。
 
「まあ素敵。ファイトですよっ」
 
 力強いメロディ、聞く者の闘争本能を奪う歌詞――なんて素敵な歌でしょう! 目頭が熱くなり、私は思わず袂で顔を隠してしまいました。
 
「ヤケクソになっただけっぽいな」  
 
「ああ」
 
 私の背後でフェアバンクスさんがボソっと呟き、ラグナロクさんが頷いていたのは、この際無視します。 
 
『セガのゲームは世界ィィィ1ィィィッッ!! 出来ン事なァどナァァイイ!!』
 
 あ、へっぽこさん壊れた。
 
 

   ※
 
 

 翌日。
 
 ノーチェに異様な雰囲気が漂っていました。
 
 というのも、
 
「アレ、どういう事?」
 
 姉様が『アレ』を指差し、呆れ顔で私に尋ねてきます。
 
「ええっとアレはですね」
 
 ノーチェの入り口、そこに雰囲気の源であるへっぽこさんが立っていました。
 
 背筋を伸ばし『休め』の姿勢のまま、微動だにしません。視線は油断なく店内を見渡し、スタッフが出勤するごとに入念なボディチェックをする始末。
 
「新手の嫌がらせだとしたら成功よね。でも、そうじゃないんでしょう?」
 
「ええ。なんと言いますか、教育が行き届きすぎたってカンジです」
 
 こめかみを押さえて目を閉じ、昨日のことを思い出しました。
 
 あの後も特訓は続きました。
 
 しかしなんというか……趣旨がずれてしまい、軍隊出身のフェアバンクスさんとラグナロクさんが悪ノリして、彼に軍隊式の訓練をしてしまったのです。
 
 軍隊とは人間の権利を剥脱して戦闘技術を教え込む――そのプロセスに長けているので、あっという間に即席軍人が出来てしまったのです。
 
「あれじゃお客様が入れないわね。ちょっと言ってくるわ」
 
 姉様は銀髪を掻き上げると、席を立ってへっぽこさんの方へ行きました。
 
「へっぽこ、ちょっといいかしら?」
 
「はい、マム」
 
 ビシッと敬礼までしてます。
 
 姉様は少し躊躇った後、
 
「昨日色々あったらしいけど大丈夫かしら? その……特にアタマとか心とか」
 
「はいマム、いいえ体調には問題ありません。胃が食物を受け付けないだけで、すこぶるガンパレードです」
 
「そ、そう? ならいいんだけど、もうちょっと気を抜いて『適当』にやってもらえないかしら?」
 
「『適当』に、でありますか?」
 
「ええ、これじゃお客様が入れないもの」
 
 などと言ったやりとりが聞こえてきます。
 
 まあ、あれだけボディブローを打ち込めば、しばらく何も食べられないでしょうねえ。
 
 ん? 『適当に』? 
 
 ってマズイじゃないですか。
 
「姉様、『適当』と言うのは」
 
 じゃこんっ!
 
 へっぽこさんが腰のホルスターから赤いハンドガンを抜き放ちました。
 
 そして中腰になると、ギルドカードを使って誰かに連絡してます。
 
「大佐か。マムから勅命を受けた。『適当』に本日の営業を開始する」
 
『了解だスネーク。気をつけろ、特にオーナーに』
 
 どー聞いても、フェアバンクスさんのものとしか思えない声が、カードの向こうから返ってきました。いつまでやってるんでしょうねぇ。
 
「いきなり武器を抜くだなんてイイ度胸じゃない……ふふ」
 
 姉様の紅い瞳が、獲物を狙う豹のように細められています。突然の事だったから、反射的に戦闘態勢になってしまったようです。。
 
 私は立ち上がると、今にもへっぽこさんをシバき倒しそうな姉様の方へ歩み寄りました。
 
「違うんですよぅ姉様。へっぽこさんに悪意や敵意はないんです。ましてや姉様を敵に回すような甲斐性もありません。軍隊用語で『適当』というのは、『自分で出来る限りの範囲で全力を尽くす』って意味なんですよぅ。これがわからない人は、『ピーナツ野郎』として上官の軍靴で踏まれる運命になります。実際ヒールで5、6回踏みつけましたし。多分、まだ痣とか残ってると思いますよ」 
 
「……どうしろっていうのよ?」
 
 やり場のない脱力感に襲われたのか、姉様は肩を落として言ってきました。
 
 私は笑顔を浮かべると、アングルフィストを装備してからへっぽこさんに言いました。
 
「こうします。――へっぽこ3等兵!」
 
「はいオーナー。何かご用でありましょうか?」
 
「ご用っていうより誤用よね。ったく、叔父様がいたって言うのに、どうしてこんな事になるのよ」
 
「全くそう思いますけどね。3等兵、許可のない火器携帯はノーチェの規則に反しています。よって懲罰を与えます。歯を食いしばりなさい」
 
「サー! 了解でありますっ」
 
 即座に『休め』の姿勢を取ると、へっぽこさんは奥歯を食いしばりました。
 
 そして憎むわけでも、恨むわけでもない、修正されて当然といった視線でこちらを見つめてきます。
 
 ……あうう、はっきり言って不気味ですよぅ。
 
 私は一歩下がって間合いを引き離してから、力強く踏み込んで、
 
「抹殺のラストブリットッッ!」
 
 どすっ。
 
「う――っ!」
 
 へっぽこさんはボディブローを受けて沈みました。
 
「『歯を食いしばれ』って言っておきながら、ボディブローとは……やるわね、オーナー」
 
「これで起き上がるようでしたら、シェルブリットを使おうかとも思ってましたが、杞憂に終わったようですね」
 
 アングルフィストを外しながら私は答えました。もうそろそろ営業時間です。
 
 やがて鐘の音が静かに店内に鳴り響いていきました。
 
「時間のようですね。あ、ラグナロクさんにエンデルクさん、へっぽこさんを控え室に連れていって二、三日拘束しておいて下さいな。抵抗するようなら多少の武力行使は認めますから。それでは姉様――」
 
 指示を与えてから私は姉様の方を見ました。
 
 姉様は頷くと、凛とした声で店内に宣言します。
 
「営業を始めるわ。みんな、今日もよろしくね」
 
『はい』
 
 色々ありましたが、今日も無事に営業が出来そうで何よりです。
 
 

『虚ろな突撃行軍歌・完』



 というわけで、本編とはまっったく関係のない話パート2でした。
 
「アタシの出番が少ないわ。恨みでもあるのかしら……?」
 
 いーえ姉様。今回は話の構成上、記録者(私)、犠牲者(へっぽこ)、元・軍関係者(フェアバンクスさん。ラグナロクさん)というメンバーでないと成り立たないんですよぅ。一人でも真面目な人がいたり、暴走するキャラを止める人がいると、ああいうオチにはなりませんもの。
 
「ならいいわ。今回の話は多分、今までで一番登場人物が少ないんじゃないかしら?」
 
 ええ。お陰で楽でした。しかも闇鍋の時のように「思い付き→執筆」で書いてますから、ほとんど勢いだけです。勢いだけで55ページ(20行×20桁。後書き除く)も書けてしまいました。これは喜んでいいのか、悪いのやら……。
 
「ところで今回の元ネタはなんだったの? 色々あったけど、特に軍隊関係のやつ」
 
 ええとですね、『高機動幻想ガンパレード・マーチ』というゲームですよ。好みにもよりますが、20世紀最高のゲームの一つであるのは間違いないと思います。どういうゲームなのかは、ちょっと説明しづらいので遠慮させて下さいな。まぁ駄目人間と腐女子にはオススメですよぅ。
 
「どういう勧めかたよ? アタシとしては真・女神転生Vが――」
 
『あのー、一応主役だったオイラの出番は無しッスか?』 
 
 あら、すっかり忘れてました、へっぽこさん。
 
 今回はNPCではない、現実のキャラクターを主役にしたので結構考えましたわ。結局はいつも通りでしたけど。悩むだけ損でしたね、やっぱりへっぽこさんですし。
 
『ひどいッス。あんたやっぱり人の皮かぶったグロンギっス』
 
 最近、あなたを指名してくれている女性キャラクターがいるというのに、まだ出番を欲しがりますか? 彼女を呼びましょうか。カフェ……
 
『すみません、オイラが悪かったです。許して下さい』
 
 まぁた洗脳されなくちゃいけないようですねー。
 
「……なんだかオーナーとへっぽこが戯れ合っているようだから、今日はここまでにしておこうかしら。じゃあ、またね」