みなさんお元気ですか? 寒いからって風邪を引かないように願ってます。
 
さて、寒いと言えば鍋です。寒いときにみんな揃って鍋を囲っていると、そこはかとなく幸せな気分になれるものですね。
 
今回はまっったくPSOっぽくない話です。番外編くらいに考えてくださいな。
 
ちょっとしたトリックもありますけど(おそらく未遂で終わるでしょうけど)、まあ肩肘張らずに読んでくださいな。別に雪山のペンションで殺人事件が起こるわけでもありませんのでね(笑)
 
それでは、発想30秒くらい(笑)、執筆およそ3日程度(短ッ!)の問題作。どうぞお楽しみくださいなー。
 
例によってギャグばかりでーす。
 
 
今回の犠牲者もとい登場人物
 
カムナ=アーク(ハニュエール)
ルーチェ(フォマール)
冷奈(ハニュエール)
リリー(フォマール)
G.(ヒューキャスト)
ラグナロク(ヒューマー)
 
以上6名
 
 
「宵闇のシ者」
 
 
   ※
 
 
1.「メール ふろむ レイヴン」
 
 
『スタッフのみなさんへ
 
ノーチェが営業を春に開始してから、早いものでもう冬を迎えようとしています
 
色々と変化のあった年だったと思いますが、新年を迎えるにあたってホームパーティーを開きたいなと思っています
 
場所は私の家で、○○日の17:00時より開催予定です。これをきっかけにみなさんの交流が深まれば幸いです
 
ではみなさんの参加を心待ちにしておりますね
 
オーナーRAVEN』
 
 
   ※
 
 
この手紙を見たとき、菖蒲の全身に戦慄が駆け抜けた。
 
今時珍しい紙の手紙を握りしめながら、プルプルと全身を震わせ、額から脂汗を流している。
 
その隣では同じように、宣伝マンやフィーバスなどのノーチェスタッフが青ざめた顔をしていた。へっぽこに至っては、荷物をまとめて逃げ出す準備をしている。
 
開店を前にして、すでにノーチェスタッフの顔からは血の気が消え失せていた。
 
そこへ――
 
「ごめんなさい。遅くなったわ」
 
ノーチェのママであるカムナ=アークが、銀髪をたなびかせて店に入ってきた。その後からルーチェやG.、ラグナロクなどが沢山の荷物を抱えたまま入ってくる。
 
アークは店内をぐるりと見渡し、そして店内を支配している重い空気に気がついた。全員、なにやら紙切れを手に持ったまま硬直している。
 
ただごとならぬ雰囲気を感じて、アークはスタッフに声をかけた。
 
「何かあったの?」
 
「ママ!」
 
菖蒲を筆頭に、宣伝マン、フィーバスらスタッフが彼女の前に押し寄せてきた。全員、必死の形相を浮かべている。
 
「身勝手な話しですが、私、しばらくの間おいとまさせてもらいますっ!」
 
「ちょっと菖蒲、いきなり何を?」
 
「私も宣伝スーツの改修をしなければなりませんので……」
 
「は? この間、バージョンアップしたばかりじゃない」
 
「わたしも〜、飼っているハムスターを病院に連れて行かないと〜」
 
「フィーバス、アナタ、ペットを飼ってたの? ハムスターならアタシにも頂戴……って、ちがーうっっっ!」
 
圧倒的な勢いに飲み込まれそうになっていたアークは、そこで自分を取り戻した。一喝すると手櫛で髪を整えつつ、泣きそうな表情のスタッフをにらみ付ける。
 
「みんな揃ってどうしたっていうのよ? いきなり休むだなんて……」
 
「それが……」
 
いきなり菖蒲がその場に泣き崩れた。さめざめと流れる涙を十二単の袖で拭いつつ、もう片方の手に握っている紙をアークに差し出した。
 
彼女は眉根を寄せて受け取り、それに視線を落とした。さりげなく後ろからルーチェものぞき込んだりする。そしてアークよりも先に文章を読み終わった彼女が鼻を鳴らした。
 
「ふぅん。ただの招待状じゃないの。なんで大騒ぎするのかしら? ね? アーク」
 
気軽そうにいった彼女とは逆に、アークの口からは緊張した声が漏れた。哀れみに満ちた瞳でスタッフを眺める。
 
「なるほど。確かに大変ね」
 
「どこが大変なんですか? ホームパーティーなんて素敵じゃないですか。私は行きたいな」
 
と、白衣のフォマールことリリー。同じように招待状を見たG.とラグナロクも同意を示す。
 
だがアークは、「ふっ」と鼻で笑うと肩をすくめて見せた。
 
「甘いわ。アナタ達、まだオーナーの本性を解っていないわ」
 
「そうですか? 時々変な事言うけど、悪い人じゃないと思いますけど」
 
「それはアッシュ事件を知らないからです!」
 
リリーの素直な感想を、目からビームが出そうな勢いで宣伝マンが否定した。身体に仕込まれている各種センサーやら宣伝用をディスプレイをフル活用しながら、
 
「オーナーが付けている悪魔の羽根を、マグだと思っちゃいけません! あれは本物なんですよっ! あの人は本物なんですっ!!」
 
「まさかぁ……」
 
「その証拠に私の宣伝スーツを見てください。自爆装置が仕込まれているんですよ?! しかもそのスイッチは、何故かオーナーが握っているんです。これじゃ自爆じゃなくて他爆装置じゃないですかっ」
 
「それってただの爆弾よね……」
 
ぽつりとルーチェ。
 
「まったくです。しかもあの人ったらクエストをクリアーするたびに、『任務完了』とか言ってスイッチ押す真似するんですよっ! ヒイロよりもゼクスの方が好きだとか言っておきながら、なんて事をするんでしょうねあの人は!?」
 
「うう……。そんな人だったんですかぁ?」
 
かなりビビリながらリリー。すでに泣きべそをかいている。ラグナロクも頬を引きつらせ、ヒューキャストであるG.は目を点灯させて驚愕の意を表している。
 
「ふぅ」と小さくため息をついてから、アークは手紙に目を落とした。
 
「いい? これは一見するとただの招待状よ。でもね、オーナー風に正しく翻訳するとこんな感じかしら――
 
『告。下僕どもへ
 
今年は散々世話になったから、年が明ける前にお礼をさせてもらおう。
 
○○日に我が輩の部屋に強制召喚し、17時より生バトルロワイヤルを決行する。
 
各人、遺書を持参して来られたし。
 
追記:逃げられると思うなよ……!
 
 
告死鳥より』
 
――ってとこかしら?」
 
「ひいぃぃぃっぃっっ!」
 
「いぃぃやぁっっっ!」
 
「釘バットは痛いよ〜」
 
翻訳が終わると同時に、菖蒲、フィーバス、宣伝マンの悲鳴が上がった。どうやら血まみれ姿の自分を想像してしまったらしい。
 
「ねえアーク……その翻訳の仕方、ちょっと無理がない?」
 
「7割方は合っている自信があるわ、ルーチェ。ともかく、そうね――」
 
招待状をカウンターの上に置き、アークは言葉を続けた。
 
「アタシは行こうかしら。オーナーの家って行ったことないし。興味あるわ」
 
「そうなの? じゃあ私も行くね。アークと一緒なら安全そうだもの」
 
「それにリリーにG.、ラグナロクも一緒についてきなさい。この機会にオーナーとの付き合い方を覚えた方がいいわ。じゃないと死ヌわよ」
 
「マジですか?」
 
「本気よ。じゃあオーナーに参加する人のことを伝えておくわね」
 
アークはギルドカードからレイヴンを検索してメールを送った。その間にもスタッフ達は、招待状の形を借りた不幸の手紙の処分に余念がない。耐熱容器のゴミ箱に投げ捨てると、ラフォイエで派手に火葬する。
 
と。
 
「あら? 何かしら」
 
アークが声をあげた。返ってきたメールを読み上げる。
 
「鍋を作りたいから、何か一品ずつものを持ってきて欲しいそうよ」
 
「鍋? まさか闇鍋でもするつもりじゃないでしょうね」
 
何気なく呟いたルーチェの言葉にアークの瞳が輝いた。目を細めると、口の端をひきしめて笑みの形を作る。
 
「…ルーチェ、それ採用。闇鍋にするようにオーナーに伝えるわ」
 
『嘘でしょ…』
 
嬉々とした表情で返事をするアークを除き、全員の口からうんざりとしたため息が漏れた。
 
かくして――
 
参加者のほとんどがその内容を語らない、闇鍋地獄の幕は上がった…。
 
 
 
2.「地獄まで何マイル?」
 
 
 
全身の服装を青系統の色で統一したルーチェが口を開いた。
 
「ところで、オーナーの家ってどんなだと思う?」
 
「そうね。住所を見る限り、普通のハンター居住区に住んでいるようだけど…」
 
答えながらアークは顎に指先を当て、目を半分閉じながら想像してみた。
 
オーナーと言えば、オーナーである。ノーチェのオーナーにして記憶喪失のフォマール。
 
自分の事を『姉様』と呼び慕い、犬のようにくっついてくるが、あのエキセントリックな性格を考えると、はたしてまともな人間が住むようなところに住んでいるのか…?
 
そう、悪魔の羽根を愛用している彼女に相応しい家といえば。
 
(こんなカンジかしら…)
 
 
   ※
 
 
――鬱蒼とした茂みに囲まれた謎の洋館。背景にはもちろん雷鳴が欠かせない。
 
庭には弟切草が咲き乱れ、鴉の群がその上空を飛んでいる。
 
一歩でも館の中に入った瞬間、扉は閉じられて脱出不能。
 
そして突然鳴り響くアナログな黒電話。出てみると「助けてェ…」という謎の呻き声。驚いて受話器を投げ捨てると、電話線が切れている事に気付いてさらにパニック…。
 
 
   ※
 
 
「………」
 
歩きながら想像しているアークに、ルーチェが言う。
 
「いきなり黙らないでよ。多分、私と同じ想像していると思うんだけど…」
 
彼女の声が耳は入らないまま、アークの想像の翼はさらに大きく羽ばたいた。
 
 
   ※
 
 
そして部屋の奥に進むと、妙に手触りのよいハードカバーの本が。
 
中を見てみると呪われた血族について延々と書き記されており、最後の方では「奴が来る!」で締められている。
 
その後は「いあ! いあ! はすたあ! しゅぶにぐらす…」という、やたら発音しづらい呪文が記されて・・・
 
 
   ※
 
 
「くぅぅ…マニアックなネタを使うわね、オーナー…」
 
ぐっと拳を握りしめてアーク。クトゥルフ神話とは人を選ぶネタである。それを確信犯的に使うとは。
 
「どこまで思考が飛んでいるのよ、アーク…」
 
 
   ※
 
 
もちろん地下牢は外せない。
 
鋼鉄の手錠をされた白骨死体の手の中から、開かずの扉の鍵を手に入れて地上への道を探す。
 
しかし途中を遮るシザーマン。巨大な鋏が迫りくる…!
 
 
   ※
 
 
眉間にしわを、顎にうめぼしを刻んでアークが呻いた。冷や汗を流しつつ、
 
「助けてレンタヒーロー…」
 
「レンタヒーローって何故? ねえアークってば?」
 
「あの、ママ?」
 
さすがに不安を感じたらしいリリーがアークの目の前で手を振るが、彼女は反応する気がない。
 
 
   ※
 
 
しかし助けにやってきたのはセガタサンシローだった。彼と協力してシザーマンを退け、そして冒険の舞台は香港へ…。
 
 
   ※
 
 
アークは額に浮かんだ汗を手の甲で拭うと、さわやかに笑って見せた。
 
「ふぅ。『第一章・完』って感じね。なんだか満たされちゃった。横須賀だけでお腹一杯ってカンジだわ」
 
「やっとまともな世界に帰ってきたのね、アーク」
 
両手を組み合わせ、もの凄く嬉しそうにルーチェ。アークは彼女の方に振り返るとにこやかに告げた。
 
「ええ。しかし、さすがはオーナーね。想像だけでアタシをここまで追いつめるだなんて。アタシ的にはオーナーの家に焼き討ちを提案するわ」
 
「どーゆー想像したらそうなるんですか…?」
 
半分泣きながらリリー。アークはちょっとだけ唇を尖らせて反論する。
 
「だって男どもったら遅いんだもの。余計な想像もしたくなるわ」
 
「あの荷物で普通通りに動けたら、そっちの方が恐いわ」
 
アーク、リリー、ルーチェは一斉に振り返り、まだ道の遙か先にいるG.とラグナロクに視線を送った。彼らは女性陣の荷物を全て背負い、小さな山のようになっている。
 
彼らを指さしてルーチェが言った。
 
「大体、何を鍋にいれるつもりなのよアーク。あの荷物の大きさってヒルデベアくらいはあるわよ」
 
「あら、カンがいいのね。実はヒルデベアをそのま…」
 
「それ以上は言わないで下さいぃぃぃっっ!」 
 
リリーの絶叫はパイオニア2に響き渡った。
 
 
   ※
 
  
「普通ね」
 
「ええ。意外と普通ね。つまらないわ」
 
「ママさん、恐いことを言わないで下さい」
 
オーナーの家を前にして、女性三人はそれぞれ呟いた。
 
一定以上の実力を持つハンターに与えられているごく普通の家だ。窓の向こうから、カーテン越しに淡い光が路地になげかられている。
 
そこへ。
 
「やっと…ついた」
 
「ああ。クエストよりキツイ…」
 
G.とラグナロク。二人の男がやっと到着した。ラグナロクは肩で荒く息をし、G.は各関節から蒸気を噴きだしている。
 
息も絶え絶えになりながら、ラグナロクが告げた。
 
「ママ、死ぬかと思ったんですけど」
 
「あら? ここで死んでおけば後がラクよ。死人は二度死ねないから」
 
にっこりと笑いそう言い放ったアークに、即座にルーチェが切り返す。
 
「違うわアーク。故人は誉めて二度殺すのが筋よ」
 
「あぅ。おかーさん、私、すごいところに所属したかも知れません…」
 
祈るような仕草をしながらリリー。
 
「ともかく、だ」
 
膝に手を当てながらG.が立ち上がった。
 
「ここまで来た以上、俺は行く」
 
「おうよ。毒食わば皿までだ」
 
「野郎どもが復活したようね。じゃあ行くわね」
 
アークがインターホンのベルを押した。
 
聞き慣れた電子音が響く。
 
数秒ののち。
 
「どちら様でしょう?」
 
「アタシよ。それと活きの良い生け贄も数名連れてたわ。準備は良くて?」
 
「はいな。ちゃんと庖丁を研いでお待ちしておりました〜。どうぞお入り下さいな」
 
「生け贄って何よ、アーク…」
 
「ふふふ。やればわかるわ」
 
言い合っている彼女らの前で、静かな機動音と共にドアがスライドし、玄関が開かれた。
 
一見すると普通の玄関に見えた。
 
レイヴンがいつも店で履いている靴と、フォース用戦闘靴が数足、そしておそらくプライベートで使用しているであろうサンダルやブーツが、端っこの方に並べて置かれてある。何故か雪駄があるのは気になるところではあった。
 
靴箱の上には小さな花瓶があり、そこには白く小さな鈴蘭が生けられてあった。どこからともなく芳香剤の微かな香りが漂ってくる。
 
アークは鋭く号令を下した。
 
「いい? まずは催眠ガスとスタングレネードを投げ込むのよ。続いてG.とラグナロクを先頭に突入開始して。赤外線に注意よ。対人指向性地雷――クレイモアなんかに引っかからないようにしなさい」
 
「どこの特殊部隊よ」
 
ルーチェの突っ込みにアークは人差し指と首を左右に振った。「ちっちっ」と舌打ちをしながら、
 
「解ってないわねルーチェ。ここはオーナーの家よ? アルティの遺跡に匹敵するかも知れないわ」
 
「ただの家じゃないの…。オーナー、お邪魔するわよー」
 
そんな事を呟きながらルーチェはアークを押しやり、一人で玄関に入っていった。そして靴を脱いでラグ・ラッピー型のスリッパに履き替え、どんどん奥に入っていく。
 
「あ。私も」
 
安全だと思ったのかリリーもその後に続いていく。アークも不服そうにしながら玄関に足を踏み入れた。荷物は男どもに任せておく。
 
「あら? 案外っていうか、かなりまともね…」
 
「あう。姉様、ちょっとそれ酷いです。まさか茂みに覆われた洋館でも想像していましたか?」
 
奥から顔を出しながらレイヴン。黒いタートルネックのセーターに黒いジーンズ。私服でも黒い。
 
「そんな事ないわ…」
 
レイヴンの言葉に苦笑いを浮かべながらアークは部屋を見渡した。
 
一言でいうなら清潔な部屋だ。だが引っ越してきたばかりなのか、生活感というものがほとんど感じられない。雰囲気としてはモデルルームのそれに近い感じだ。
 
壁紙はクリーム色で統一されており、カーテンだけではなくテーブルクロスや絨毯も柔らかい色合いのものを中心に使われている。玄関から感じることが出来た芳香剤の香りは、ラグオルの森で収集された「森の香り」というやつだろう。
 
「しかし、ね」
 
アークは部屋の真ん中に、どん! と置かれているコタツに指さした。
 
「ちょっと部屋の雰囲気に合わないんじゃなくて?」
 
「ええ〜。コタツは必須ですよ姉様。みかんとセットだともう極楽です」
 
「あら、ホント。一個もらうわね」
 
早速ルーチェがミカンに手をつける。リリーは落ち着きなさげに周囲を見渡し、そして安全そうなのを確認して胸をなで下ろしている。
 
と、何かを思いだしのか、ルーチェがレイヴンに尋ねた。
 
「ん? 何か変よ。オーナー、アナタ引っ越しするからって、しばらくお休みもらったはずよね? こんな事していていいの」
 
「え? あ、ああ。これからやるんですよ。あんまり荷物ありませんし、この部屋に人いれるの、最初で最後ですから…」
 
「普通、引っ越してからやらないかしら?」
 
「そうですよね」
 
リリーも相づちを打つ。
 
そこへ。
 
「オォゥナァ。荷物はどこに置けば…」
 
G.とラグナロクが部屋に入ってきた。
 
「あ。そこの奥の部屋にお願いします。でっかい鍋がありますけど、気にしないで下さいな」
 
「了解です」
 
二人の男が力を合わせて、レイヴンの指示した部屋に入っていく。そして――
 
「うおおおっっっ!!」
 
「何よっ?」
 
突然上がった叫び声に、ルーチェが手に持っていたミカンを落として立ち上がった。リリーと一緒にそちらの方へ走りよる。そして。
 
「嘘でしょ?」
 
またも悲鳴。
 
アークはちらりとレイヴンに視線を送ると、得意気に瞳をつり上がらせながら尋ねる。
 
「注文通りの鍋が手に入ったようね。」
 
「ええ。冗談で注文したら、冗談で作ってくれました。世の中冗談だらけです」
 
「じゃあ見に行きましょうか」
 
レイヴンを先頭に歩き、そして目的のものを見たとき、さすがのアークも息を飲んだ。
 
鍋があった。
 
それはただの普通の鍋ではなく、中世の魔女が「イーヒッヒッ」と笑いながら怪しげな薬を作っていそうな鍋だった。とてつもなく大きい。2人くらいならスッポリ入りそうなくらいだ。
 
ルーチェが震える指先で鍋を指したまま、こちらに視線を送ってくる。
 
「あ、あ、あ…これが、今日使う鍋なの?」
 
「ええ」
 
にこやかにレイヴンは答えた。
 
「まだ未使用の鍋ですからね。安心して使ってくださいな」
 
震える指先を鍋に向けながら、ルーチェが呻く。
 
「どーやってここまで運んだのよ? 入り口より大きい気がするんだけど…?」
 
「気にしちゃ駄目です」
 
にこやかにレイヴンは答えた。さも当たり前のように。
 
「世の中には考えたら負ける事もあるのです。さあ、これをリビングへ出しましょう」
 
「ついに始まるのね。ふふ…」
 
「アークってば嬉しそうよね。私、なんだか不安になってきたんだけど」
 
 
 
3.「ROUND1」
 
 
 
「はい。じゃあ電気消しますよー。暗くなってからみなさんの具を入れてくださいね」
 
レイヴンが声をかけると、コタツに入っている一同は頷いた。
 
「ええ。いつでもどうぞ」
 
「その前にルールの確認しますねー。中に入れるのは『人が』食べられるもの限定です。箸をつけたものは、最低でも一口は食べること。じゃないと罰ゲームです。また、はずれが出ても罰ゲーム」
 
「質問します。罰ゲームってなんですか?」
 
「リリーさん、良い質問ですね。それはハリ…。いえ、何でもありません。げふんげふん!」
 
「うわっ。メチャクチャ気になるわよ、それ」
 
ルーチェの突っ込みを無視して、レイヴンは立ち上がり照明のスイッチに手を伸ばした。
 
こたつの上に巨大な魔女鍋(勝手に命名)があり、それぞれが必殺の食材を片手に時がくるのを待ちかまえている。
 
「じゃあ行きますよ」
 
カチッ。
 
音と同時に闇が訪れた。
 
同時にポチャンポチャンと、鍋の中に食材の入る音。鍋の中には既に下拵えされていただし汁が入っていて、ぐつぐつと煮立っている。
 
暗闇の中、アークの声が響いた。
 
「みんな具材入れ終わったかしら?」
 
「あう。ちょっと待って下さいな」
 
と声を上げたのはレイヴン。スイッチを入れる為に少々遠い位置にいたので、行動が遅れたのだろう。
 
ともかく何かが鍋に入る音がした。それから待つこと数分、
 
「そろそろ取りますよ。せーのっ」
 
レイヴンの合図と共に、全員が鍋から具を取り出した。電気はそれから点ける。
 
以下、各人が取り出したモノ
 
   ※
 
アーク:しいたけ   
コメント:「まあ普通よね。つまらないといえば、そうかもだけど」
 
レイヴン:キ○コの山(らしい)
コメント:「誰ですか? 鍋にチョコ入れたの?」
 
ルーチェ:豆腐
コメント:「とりあえずは無難にね♪」
 
リリー:牛肉
コメント:「煮すぎたかな? ちょっと堅いかも…」
 
G.:モノメイト
コメント:「なんで俺だけ回復アイテム…」
 
   ※
 
「待ってくれ…」
 
次々とそれぞれが手にした食材を発表する中、ラグナロクは重い声を出した。
 
レイヴンは声の方向に顔を向けて、
 
「そういえばラグナロクさん。あなたは何を取ったのでしょうか?」
 
「教えてよね。ちなみにオーナー。チョコ入れたのは私よ」
 
「鍋にチョコは止めて下さいなルーチェさん。味がすごい事になってますよ」
 
やりとりしているのを横に、ラグナロクは「ガリッ」とした歯触りを感じ、ぷっとそれを手のひらの上に吐き出した。
 
「いや、これはちょっと…なんだろ? カプセルか、これ?」
 
「あ。外れクジね。中を見てみなさい」
 
「えーと…『ママより愛のハリセン』?」
 
きらり。暗闇の中でアークの目が鋭く光を放った。
 
「罰ゲーム確定。オーナー!」
 
「はいな」
 
アークは暗闇の中でレイヴンからハリセンを受け取り、大きく振りかぶる。モーションはもちろんハードアタックだ。
 
三回攻撃の音が響き渡った。
 
「きゅう…」
 
たんこぶを作り、ラグナロク撃沈。
 
ごとん、とコタツに突っ伏す音を聞きながら、レイヴンは人差し指を立てた。
 
「ちなみに回復は鍋の中にあるアイテムに限り使用許可です。テクニックで回復しちゃ駄目ですよぉ。ってリリーさん、泣いているのでしょうか?」
 
「うう。私も駄目かも…」
 
早くも嫌な予感を感じ、リリーは一人泣き崩れた。しかし暗闇だったので誰も気付かなかったのは彼女の不幸だったかもしれない。
 
 
 
4.「ROUND2」
 
 
 
   ※
 
アーク:チョコ?
コメント:「何これ? チョコってことはまたルーチェ? 中になんか入っているわね」
 
レイヴン:ディスポイズン
コメント:「私、毒じゃないんですけど…」
 
ルーチェ:納豆
コメント:「誰よぉ…こんなの入れたのー。あ、アーク、チョコは私じゃないわよ。私が入れたのは1個だけだもん」
 
G.:スターアトマイザー
コメント:「マグじゃないんだからさ」
 
ラグナロク:カニ缶詰
コメント:「頼むから缶詰ごと入れるのは止めてくれ。中だけ入れてくれ」
 
リリー:……
コメント:「……ひっく、ひっく」
 
   ※
 
暗闇の中から伝わってくる絶望的な気配を感じ取り、アークはリリーに声をかけた。どうやら彼女は泣いているらしい。
 
「リリー? どうしたの? 何かすごいモノでも取っちゃったの?」
 
「あう、あう…なんか、これ、ガソリン缶みたいなんですけど…」
 
「はあ?」
 
とこれはルーチェ。リリーが涙声で言ってくる。
 
「絶対に、一口は口付けないと駄目なんですよね? じゃないと罰ゲームが…罰ゲームが…」
 
すっかり怯えた口調でリリー。ハンターであるラグナロクですら、アークの直撃を受けたら無事では済まないのだ。フォースである彼女が受けたらどうなるか、考えないでも分かる。
 
「せめてデバンド使っていいですか?」
 
懇願した口調で言ってくる。と、レイヴンが声を上げた。
 
「ちょっと待って下さいな。私は『人が食べられるもの』と言ったはずですよ? 誰が入れたのでしょうね」
 
「あー。俺だ」
 
暗闇の中、手を挙げる気配が伝わってきた。一斉にそちらの方を見る。といっても暗闇なので、声の方に首を向けるだけでなのだが。
 
「G.さん?」
 
「だって俺、それ飲めるもん。いや、結構イけるよ? 軽油よか味わい深いし」
 
「自分の感覚だけで考えるんじゃないわよ、このヒューキャストっ…! 『人が』って言ってあるじゃない。オーナー、釘バットをおよこしっ」
 
「はいな。こんなこともあろうかとコタツの中に隠してありますよ。お使い下さいな姉様」
 
「ええっ。マジっすか。アンドロイドにも人権認めてくださいよー」
 
「問答無用っ」
 
「女の子泣かせちゃ駄目よねー」
 
ルーチェの呟きは、釘バットが空を切る音、そして殴打音と鈍い悲鳴によって掻き消された。
 
ぼつり、とレイヴンが呟いた。
 
「ま。暗闇でよかったですね。明るかったら発禁処分もんですよ、この惨状は」
 
 
 
5.「インターミッション」
 
 
「どうしようかしら。G.が動かなくなったわ…」
 
「やりすぎですわ。姉様」
 
「そうよねー。シフタ&ザルアで連続攻撃を喰らったら、機械のボル=オプトだって泣くわよ」
 
「とりあえず電気点けますね」
 
レイヴンが立ち上がりスイッチを点けた。同時、皆が息を呑んだ。かろうじて、ルーチェが声を絞り出すのが限界だった。
 
「えげつないわよ、これ。食欲が失せるわ…」
 
「ええ。人間だったら猟奇的なバラバラ殺人ですよね。姉様、どうやったら釘バットで『斬る』事が出来るんですか?」
 
「気合いよ。それ以上は企業秘密ね。それにしても…」
 
そこまで言いかけてアークは視線を下に降ろした。つられて皆も下を見る。
 
バラバラになったG.の姿がそこにあった。手や足、頭、胴体がそれぞれ少し離れた場所に転がっている。人間なら間違いなく死んでいる状況だが、アンドロイドならばメインチップを壊されない限り幾らでも修理が効く。
 
とは言え、いくらなんでもこれはやりすぎだろう。
 
と。
 
ピンポーン。
 
この惨状にはあまりにも似つかわしくない、平和的な呼び出し音が鳴り響いた。
 
「お客様かしら? 見てきますねー」
 
スリッパの音を鳴らしながら、レイヴンが去っていく。その間にアーク、ルーチェ、リリーの3名は、バラバラになったG.のパーツをくっつけ合わせようとする。
 
「なかなか上手く行かないわね」
 
「生体部品が少なくて良かったわねアーク。もしそうだったらスプラッタの世界よ」
 
「これだけでも充分に嫌ですよぅ…」
 
さめざめとリリー。そこへ玄関へ向かったレイヴンの声が響いてきた。
 
「あら、れーなさん、どうしてここへ?」
 
「ルーチェちゃんに教えてもらったのー。ちくわをたっくさん持ってきたから混ぜてー」
 
「はいな。丁度今、一人倒れたところですから良かったです」
 
それを聞き、G.の腕を持っていたルーチェが声を上げた。
 
「あ、やっと来た! ね、これ、どっか適当なところに置いておきましょうよ。どうせ私たちじゃどうしようもないんだし」
 
「そうね…。じゃあそこのソファの裏にでも隠しておきましょうか」
 
「もしG.さんが人だったら、これって死体隠匿ですよねー」
 
「まだ生きてるから違うもん」
 
唇を尖らせてルーチェ。アークらと協力してソファの後ろに隠し――もとい、一時保管を始める。
 
それらが終わった頃、レイヴンが冷奈を連れてやってきた。彼女は唐草文様の袋に、いっぱいのちくわを背負っていた。
 
そして鍋を見るや数秒沈黙したものの、気を取り戻したように勢いよく告げる。
 
「鍋とあっちゃ黙っていられない、鍋のスタンダート『ちくわ』の出番だね」
 
「ええ、少なくとも人が食べられるから安全だわ。そこにお座り。早くしないと鍋が冷めちゃうわ」
 
「おーし、ちくわ入れるぞ!!」
 
 
6.「ROUND3・続ライオネルのメール」
 
 
壁際にある照明スイッチに手を当てて、レイヴンは号令をかけた。
 
「いきますよー」
 
かちっ。
 
そのほとんどがリモコンで操作出来るというのに、今時珍しい手動タイプの照明スイッチの音が鳴り響いた。
 
ぽちゃん、ぽちゃん、という鍋に物を入れる音が響き、続いて「うふふ…」という邪悪な含み笑いが静かにこだまする。
 
「行くわよ、せーのっ」
 
   ※
 
アーク:ちくわ
コメント:「箸で摘んだ瞬間にちくわって分かったわ」
 
レイヴン:ちくわ
コメント:「ちくわですね」
 
ルーチェ:ちくわ
コメント:「あ、私もちくわだ」
 
リリー:ちくわ
コメント:「わあ、私もちくわですよ」
 
ラグナロク:ちくわ
コメント:「…なんかおかしくないか、これ?」
 
   ※
 
『……』
 
照明をつけると皆、同じような表情をしていた。ちくわを箸でつまんだまま、一人だけ笑顔の冷奈に視線を送る。
 
「? どしたのみんな。ちくわラヴァーって感じだよね。鍋にはちくわ。うん、最高!」
 
「ちょっと待って下さいな。鍋の確認していいですか?」
 
片手を上げるとレイヴンは立ち上がって、魔女鍋をのぞき込んだ。
 
大量のちくわがプッカプッカと浮いていた。
 
「…」
 
半眼になって睨み付けると、冷奈は爽快な笑みを浮かべていた。
 
「ん〜、もう、言うこと無しだねッ」
 
「れーなちゃん…さすがに入れすぎよ。他の食材が入らないじゃない」
 
ルーチェが抗議すると、冷奈は頭からプンプンと湯気を出しながら、
 
「えー、ちくわがあれば、他には何もいらないよ。主食はちくわで、副食もちくわ。おやつもちくわで、ちくわ三昧でしょう?」
 
「お黙り。ちくわ鍋を食べたいわけじゃないのよ。取り出すわよ。ほら皆、手伝って」
 
「はいな〜」
 
「ちぇっ」
 
数分後、ちくわを取り除くと、再びレイヴンは壁際に立っていた。
 
「いいですか。消しますよ」
 
『はーい』
 
かち。
 
ぽちゃん。ぽちゃん。とぷん。ざぶん
 
音だけが静かにこだまする。
 
「いいですか? 電気点けますよ?」
 
「ちょっと待って」
 
「あら姉様、まだだったんですか?」
 
「取り出すのに手間取ったわ。これを・・・っと!」
 
ざっぱーーんっ! ぶくぶくぶく…。
 
「ちょっと待って! 今、すごい音したわよ、何入れたのよアーク?」
 
「うふふ。秘密よ。さあオーナー、電気を点けて頂戴」
 
「はいな〜」
 
   ※
 
アーク:牛肉
コメント:「ふふ。さすがにアレは選びたくなかったわね。あ、食べられるものを入れたから心配しないでね」
 
ルーチェ:白滝
コメント:「なんだか久しぶりに、まともな食材を目にした気がするわ…」
 
リリー:白菜
コメント:「こう言っては何ですけど、普通の食材を入れる人がいたんですね」
 
ラグナロク:ちくわ
コメント:「マイガッ!! またちくわかよ」
 
冷奈:不確定名『固い物』
コメント:「何、これ…。ってオーナー?」
 
   ※
 
各人が食材を取り上げる中、レイヴンは鍋の中に箸をいれたまま動こうとしなかった。プルプルと拳が震えているところを見ると、かなり力を入れているらしい。
 
最初にその様子に気付いた冷奈が、オーナーに声をかける。
 
「どうしたの。箸をつけたら必ずとるんだよ?」
 
「ええ、それが、その、重くて取れないんですよ…。なんでしょうか? パンアームズの腕とかじゃないでしょうね…」
 
「あら、さっそくオーナーがヒットしたのね? それ、重いから頑張って引き上げて頂戴」
 
「はい…。箸だけじゃ無理ですね。おたまが必要ですね」
 
暗闇の中、手探りでおたまを探し当て、レイヴンは「何か」を取り上げた。
 
器の中に入れようとするのだが、あまりの大きさに入りきらず、逆にあまりの重さに「ガシャンっ」と器が破砕した。厚めの肉を思いっきり叩ききったような鈍い音が響き、その「何か」はテーブルの上に転がり落ちた。
 
「…私、何を取ったのかしら? 誰か、電気をつけて下さいな」
 
「いいわよ」
 
ルーチェが答えて立ち上がった。暗闇の中、手探りでスイッチを探し当てて照明を点ける。
 
そして。
 
テーブルの上にあるものを見て、誰もが絶句した。
 
ヒルデブルーの頭がそこにあった。
 
「あ、あ、あの、姉様? これって…」
 
震える指先をそれに向きながら、レイヴンにしては珍しく動揺した声を出し、左頬が引きつった表情でアークを見つめる。
 
アークはにっこりと笑いながら答えた。
 
「ええ、見ての通りよ。モンタギューのとこに持っていったら、人が食べても問題はないて言っていたわ。かぶと煮とでも思えば問題ないでしょう? ほら、召し上がれ。取りたてだから鮮度は抜群よ?」
 
「鮮度は抜群って…」
 
おそるおそるとルーチェが、ヒルデブルーの頭をのぞき込んだ。杖に加工してもそうなのだが、意味もなく大きな口がパクパクと開閉している。
 
いや、それだけではない。
 
ぎらり。
 
「えっ…」
 
悪寒を感じてルーチェは、座ったままの姿勢で後ずさった。間違いない。今、確かに、こちらを『見た』。
 
「ちょっとアーク…これ」
 
「ええ、確かに今、こちらを見たような…」
 
レイヴンとルーチェは手の甲で目をこすると、もう一度、ヒルデブルーの頭を見つめた。
 
頭は「にやり」と不敵な笑みを浮かべると、喉の奥から絞り出すような呻き声を発した。
 
『ぐげっげっげっげっげっげっげ〜〜』
 
「ぐ、グランツッ」
 
「メギドぉっ」
 
無数の光の矢が突き刺さり、呪詛の言葉が頭を消滅させた。ちなみにルーチェがグランツで、レイヴンがメギドだ。それぞれの性格がよく現れたテクニックだと言えるだろう。
 
反射的に高レベルのテクニックを使用したフォマール二人は、肩で荒く息をしながら、ぐったりとその場に座り込んだ。
 
アークが残念そうな声を出す。
 
「あら残念ね。ひょっとしたらヒルデブルーを食べた、初めての人類になったかも知れないのに」
 
「常識で考えて無茶な食べ物も禁止です、姉様っ!」
 
「この場合、オーナーの口から『常識』って単語が出たのを驚くべきなのかしら…?」
 
「ねえ、ちょっと待ってよ」
 
ルーチェが一人呟いていると、冷奈が声を上げた。皆の視線が集中したところで、彼女は切り出した。
 
「みんなヒルデブルーにばっかり気を取られていたけどさ、私も変なものを取っちゃったんだけど?」
 
「ふむ、そうですか?」
 
目を閉じてレイヴンが黙考した。
 
そうだ。確かにヒルデブルーばかりが目立って忘れていたが、それが入る前、「ざぶん」と何か大きい物が入った音がした。
 
「そう言われればそうですね。何を取ったんですか?」
 
リリーが言いながら、冷奈の手元をのぞき込んだ。ハンター間では御用達の、クエスト希望のメッセージカプセルが、器の上にのっけられていた。
 
同じようにそれを見たラグナロクが、首を傾げる。
 
「クエスト? 何だろうな。冷奈、見てみろよ」
 
「うん」
 
言われて冷奈はカプセルを開いた。カプセルの中から光が溢れ、それが3Dホログラフとなって眼前に現れる。
 
そこに映っていたのは、クエスト受付の女性だった。
 
彼女は一礼をすると(つられてその場にいる全員が頭を下げたが)、用件を切り出してきた。
 
「今回の依頼は《BEE》通信を経由してのクエスト依頼です。あまりにも悲惨な出来事ですので、出来れば協力してあげて下さい」
 
「どーしてここに、こんなものが?」
 
リリーが疑問符を浮かべたが、受付の女性はお構いなしに続けてくる。
 
「パイオニア2のハンター住民区で惨劇が起きました。
 
とあるヒューキャストの方が見るも無惨なバラバラな状態にされてしまったそうです。幸いヒューキャストですので、ライオネルさんの一件の通り修復させる事は可能なのですが、身体のパーツがあるところには、悪魔羽根を愛用する極悪フォマール刃物フェチの銀髪の死神ら、高レベルのハンターズ数名で構成されたならず者戦闘集団が占拠しており、奪回は難しいとの事なのです。
 
そこへ潜入してパーツを取り返してください。賞金は800万メセタとS武器一式だそうです」
 
「高ッ!!」
 
思わず冷奈が声を上げた。
 
「今までで最高金額のクエストだよ。どんな酷い人たちだろうね。バラバラ死体にしちゃっただなんて。人の仮面を被った悪魔かな?」
 
「……」
 
「……」
 
レイヴンは額を押さえ、アークは瞼を押さえた。何かに耐えるように歯を噛みしめているが、震える拳は隠せない。
 
リリーとルーチェはショックのあまり、呆然と座ってまま鍋をつついている。ラグナロクは無言のまま、ソファの後ろに置いてある「それ」を見つめていた。
 
やがてレイヴンが顔を上げて提案してきた。実に、にこやかに。
 
「捨ててしまいましょう、姉様」
 
「ええ。そうしましょう。見つかるとやっかいだから、パイオニア2の外に捨ててきましょうか?」
 
「いいえ。宇宙にゴミを出しては申し訳ありませんわ。遺跡にある大穴、あそこに捨ててきましょうよ」
 
「何の話?」
 
冷奈が話に混ざろうとすると、ラグナロクが彼女の肩を叩いて、ソファの後ろを見るように指示した。彼女はその通りにソファの後ろをのぞき込む。
 
そして。
 
ゆっくりと彼女は振り返った。順に指さしながら、
 
「…悪魔羽根を愛用する極悪フォマールに、刃物フェチの銀髪の死神?」
 
「アタシには何も聞こえないわ」
 
「ひょっとして私も、ならず者戦闘集団の一味になってるのっ」
 
突然リリーが泣き出した。コタツに突っ伏し、わめき出す。
 
「おかーさんっ、私、悪い子になっちゃいました。ごめんなさーいっ」
 
「ちょっと待って下さいな、人聞きの悪い。ルーチェさん、何か言ってやってくださいなっ」
 
「頑張ってね二人とも。月に一回くらいは差し出しに行ってあげるわ。牢名主にいじめられても、反撃して仕留めちゃだめよ。さらに罪が重くなるわよ」
 
「お待ち、ルーチェ。一人だけ他人でいようたってそうはいかないわ。止めなかったアナタだって共犯でしょ?」
 
「私、未成年だもーん…ってアーク、お酒臭いわ」
 
「ああ、そういえば」
 
そこでレイヴンが手を叩いた。人差し指を立てて、笑顔で続ける。
 
「実は私も、鍋にチョコ入れたんですよ。ウィスキーの代わりに、すっごーい強力なウォッカを入れたやつなんですけど。そう言えば姉様、中に何か入ってるチョコを食べたって言ってましたから、多分それでしょう」
 
「だからこんな無茶するんじゃないのっ!?」
 
即座にレイヴンの襟首を締め上げながら、彼女にしては珍しく声を荒げた。
 
「一体、度数いくつのウォッカなのよ? 一口であれだけ酔わせるって、尋常じゃないわよっ」
 
「えーと…」
 
レイヴンは思い出すように視線を上げた。柔らかい色合いの光を放つ照明をしばらく見つめると、やがて爽やかな笑顔を見せて答えた。
 
「火ィつけると燃えるくらいです。燃えるっていうか、ほとんど爆発に近い勢いかな?」
 
「あ〜、もう、この人はっ! りりぃちゃん、逃げるわよ」
 
ルーチェはレイヴンを手放すと、コタツで突っ伏して泣いていたリリーの手を取り、玄関の方まで走り出した。遅れてラグナロクもついて行く。
 
一人、残念そうにレイヴンは頬に手を当ててため息をついた。
 
「あら、残念。闇鍋パーティはもう終わりですか。久しぶりに楽しかったのに…」
 
「そういう場合じゃないでしょう。総督府に事情を説明しないと、私たちの身が危ないじゃない」
 
「そうだよ。それにいっつも騒いでいるじゃない」
 
「そう…なんだ」
 
レイヴンは俯くと、しばらく黙った。前髪で顔がよく見えないが、奥歯を噛みしめているようだ。
 
ふと、違和感を感じてルーチェは声をかけた。そう言えば、レイヴンの口癖である「わお!」というのを、今日は一度も聞いていない気がする。
 
「オーナー、どうかしたの?」
 
「いえ、何でもありません。それよりもここは私に任せて、皆さんは行って下さいな。今日はありがとうございました。楽しかったですよ」
 
彼女は笑うと、ぺこりと一礼した。
 
「そうね。撤退させて貰うわ」
 
かろうじて正気を取り戻したアークが先頭に立ち、それぞれがバラバラになったG.のパーツを手に持って、レイヴンの家から出ていこうとする。
 
と、そこへレイヴンが声をかけた。
 
「ありがとうございます。姉さ――アークさん、そして…ごめんなさい」
 
「? オーナー、アナタ、何を言ってるの?」
 
「アーク、行くわよ」
 
「え、ええ。またね」
 
レイヴンは答えずに、ただ笑顔のままで手を振るだけだった。
 
 
 
7.「夢の終わり」
 
 
 
さてみなさん、身に覚えのない出来事、というのはありますか? 今の私が、その身に覚えのない出来事に直面しているんですよ。
 
引っ越しがやっと終わり、私は落ち着いた時間を取り戻しました。そして時間になり、私はいつものようにノーチェへと行きました。
 
ところが店に入った途端、何やら妙な視線が私を刺すのです。一体、どういう事でしょうか?
 
私は荷物を置いてくると、身近にいたルーチェさんに声をかけました。
 
「あの、なんか雰囲気が妙なんですけど、私、何かしましたか?」
 
「…それ、本気? 笑えないわよ」
 
カウンターに座り頬杖をついた状態で、こちらを見上げて冷たい視線で答えてきます。ええっ? 本格的に私、身に覚えないんですけど…。
 
と、扉が開く気配があって私は振り返りました。ちょうど姉様がやってきたところです。
 
私は小走りで近寄ると、尋ねてみました。
 
「こんばんわ、姉様。なんだか、みなさんの視線が痛いんですけど、私、何かしましたか?」
 
姉様はコートを脱ぎつつ、苦笑を浮かべました。
 
「あれだけやればね。結局、みんな無事だったから問題ないけど、どうやって説明したのかしら?」
 
は? なんですと?
 
私は目が点になっていくのが自覚出来ました。何の話でしょうか?  助けを求めるようにラグナロクさんやG.さんに視線を送りますが、彼らはぷいっと横を向いて答えてくれません。
 
むむ。なんか仲間外れにされた気分です。ここは思い切って…。
 
「本当に分からないんですけど、何の話ですか?」
 
「昨日の闇鍋の事よ」
 
闇鍋って、何? そんな面白いイベントあったんですか?
 
私が疑問符を浮かべていると、姉様がカウンターの引き出しを開け、何やら紙切れを見せてきます。手にとって見てみると、それは招待状でした。ホームパーティーを開くから来て欲しいという旨のものですね。
 
差出人は…。
 
…って、ええ? 
 
私は思わず声を上げました。
 
「これ、私の字じゃないですよ。住所も違いますし…」
 
『え?』
 
その場にいたみなさんが声を上げました。一斉に走り寄ってきます。みんなの意見を代表する形で、姉様が問いかけてきました。
 
「どういう事よ? これって、アナタが出したんじゃないの」
 
「違いますよ。確かに私、ここの住所に住んでいましたけど、妙な事ばっかり起きて気持ち悪いから、新しく引っ越したんです。だから昨日、一昨日って、仕事を休んでいたんじゃないですか? お忘れになったんですか、姉様?」
 
「じゃあ…昨日のあれは…?」
 
青ざめた顔で姉様が後ろを振り返りました。本当に一体、何があったんでしょうか?
 
「少なくともそれ、私のじゃないですよ」
 
と、そこまで言いかけてから、私はポンと手を叩きました。くすくすと笑いつつ、
 
「きっとそれ、幽霊ですよ」
 
「今時それはないわよ」
 
と取り合わないルーチェさん。私は余裕たっぷりに首を左右に振ると、後を続けました。
 
「私の前にそこに住んでいた人、やっぱりハンターズだったんですけど、ダークファルスに意識を取り込まれてしまったらしいんですよ。でも何か思い残す事があるのか、たまぁに『出て』きたんですよね〜」
 
「…嘘だろう?」
 
青い顔でラグナロクさん。私は得意満面になって続けました。人を怖がらせるって、面白いですよねー。
 
「それで出てきては、『寂しい寂しいよぉ』ってうるさいんですよ。毎晩毎晩金縛りかけてきたりして。でも私もそのうちキレちゃって、逆に金縛りをかけて説教しちゃいました。金縛りって嫌ですよねぇ、無駄に体力使いますから」
 
「幽霊に金縛りって、オーナー、人間離れしすぎ…」
 
畏れ戦(おのの)いた様に冷奈さん。ふふふ。気合いさえあれば、大抵の事は出来るもんです。詳しくは企業秘密ですけどね。悪用されると困りますから。
 
「それで話を元に戻しますと、説教してやったんですよ。『寂しいって訴えるだけなら誰でも出来ます。他人を羨むばかりでなく行動なさい。自分で行動しない人の元には誰も集まってきませんよ?』と」
 
「幽霊に説教っていうのも、すごい話ね。それで、どうなったのかしら?」
 
「『やってみます』って答えて消えていきました。何されるか分からないから、気持ち悪くて引っ越したのですが」
 
「責任感無いわねー」
 
「亡くなった方にまで責任なんて持てませんよ。友人・知人だったら考えますけど。と、まあそんな次第ですので、きっと皆さんが出会ったのはその幽霊さんだと思いますよ。私の姿を借りていたのは納得出来ませんけどね」
 
『……』
 
みなさんは顔を見合わせて、一斉に沈黙しました。なんだか気まずい雰囲気ですね。私は場を誤魔化すために、カウンターの上に置いてある小さなTVをつけました。
 
丁度ニュースをやっていて、アナウンサーが何やら原稿を読み上げています。真面目なニュースの他に、ふざけた2流のネタでも取り上げるという低俗ニュース番組ですね。
 
 
――では次のニュースです。
 
クローン技術の応用で、かつて巨人と呼ばれたプロレスラーを復活させようという計画が一部の技術者の間で討論されておりますが、「素早いG・馬場は違うだろう」「いや全盛期を復活させなければ意味がない」などと、同じグループ内で討論が続いており、この問題の解決は当面先になりそうです。
 
えー、続いて昨晩起きた事件の続報をお送りします。
 
謎の依頼が続発してハンター協会のサーバが一時的に落とされたという事件ですが、未だに犯人は捕まっておりません。通信経路を逆探知して居場所を割り出したところ、そこには住人が住んでいない部屋があるだけで、人の姿はなかったそうです。
 
当局では凄腕のハッカー、もしくはクラッカーの仕業と見込んでおりますが、近隣の住人からは、「そこには幽霊がいる」などという情報もあり、犯人の捜索は困難を極めております。最後は可愛らしいニュースです。人に無害なラグ・ラッピーが――
 
 
はあ、と私はため息を漏らしました。つまらないネタばかりです。もう少し夢のあるニュースはないのでしょうか? まあ新聞記者のノルさんの話を聞く限り、現在の報道スタイルでは今のが限界なのでしょうが。
 
「まったく、つまらないネタばかりですね」
 
私は呟き、同意を求めるように皆さんに笑顔を見せました。ですが。
 
「えっ、ちょっと、みなさんどうかなさったんですか? ねえ?」
 
何故か知りませんが、みなさん顔が蒼白になって身体を震わせています。脅しすぎたかな…ってそんなレベルじゃないですよぅ。
 
フラフラと頼りない足取りで、姉様が店から出ていこうとします。
 
「あう、姉様、どうなされたんですか? 真っ青ですよ」
 
「ごめんなさい、オーナー。アタシ、今日はもう家に帰るわ。後のこと、よろしく…」
 
「アーク、私も帰るわ」
 
ええっ? ルーチェさんまでも? ちらりと視線を走らせると、リリーさんに至っては立ったまま気絶していますし、れーなさんもよほど混乱したのか、鉢巻きに2本のちくわを差し、両手にもちくわを持って「ちくわダンス」を披露しています。
 
一体、どーいう事ですかっ?
 
私はぐるりと店内を見渡し、深々とため息を吐きました。
 
あう、何もしてないのに、私は何もしていないのに…。身に覚えのない事って怖いですね、はい。
 
 
【宵闇のシ者・完】
 
 
あとがき:
 
というわけで、どうでしたでしょうか? PSOとはまったく関係のない話でしたね(大爆)。
 
最後のオチはどうでしたか。読んでいて混乱なさいませんでしたか? 最初は三人称で書きつつも、最後でネタばれという手法って使って見たかったんですよね。
 
私が「RAVEN」として小説を書くときは、私の視点による一人称小説って決めてますから、前回の「負け犬の遺伝子」を読んだ方は、ちょっと違和感あったと思います。
 
こういう「地の文章」(一人称じゃ言いませんけど…)でのトリックを使わせたら上手いのが、「宮部みゆき」さんですね。あの人のは凄いですよ。一読をお勧めします。あとは藤本ひとみさんの「見知らぬ遊技」とかも絶品です。
 
…関係のない話になりましたね。
 
今回の話は、ほとんど台詞と擬音だけで終わってしまったので、非常に楽でした。ほとんどが闇の中で出来事でしたからね。でも台詞と擬音だけで表現するのって、楽なことは楽なんですけど、ものすごーく頭が悪く見えてしまうから困りものです。私、「あか○り」は大っ嫌いなのに、それらしく見えてしまうのが嫌なんですね。
 
というわけで、自分に「これはラジオドラマの脚本だ」と言い聞かせて書いてました。
 
ちなみに、キャストをイメージするとこんな感じになります。分かる人だけわかって下さいな。
 
姉様「冬馬由美」、ルーチェ「桑島法子」、リリー「川上とも子」、れーな「雪乃五月」。
 
以上です。男スタッフはどうだって? …そんなもの考えませんわっ!
 
ちなみに私のイメージは「大塚明夫」(註:スティーブン・セガールの吹き替えする人)でお願いします(爆)。
 
「オーナー、ちょっっとお待ち」
 
はいな? なんでしょう姉様。
 
「それ、男じゃない」
 
大塚明夫さんが気に入らないのですね? では「若本規夫」さんで。いやいや、やはりここは「銀河万丈」さんとか「玄田哲章」さんなどの渋いところで…。
 
「二重にお待ち。なんでよりによって、そんな人ばかり選ぶのよ? 自分をどうおもってるわけ?」
 
自分で自分のイメージなんか出来ませんもの。ならば笑いをとるのが筋というものですわ(力説)。
 
「どこの筋よ?」
 
気にしてはいけませんわ。それよりも、こういう知識がない人はついてこれませんから、今日はそろそろお開きにしましょう。ではまた〜
 
「アナタから振った話題じゃないの。でもまあ、いいわ。じゃあね」