癒しの極地にあるような森の中で、
その男は――
サベージウルフやらヒルデベア、ラグ・ラッピーに袋叩きにされていた。
どこすかばきごつめきょどす……。
「ううっ」
どうしてこんな事になったのか、よく思い出せない。
思い出せないが、
「もう嫌だ!」
一瞬の間を見計らい走り出した。
走って、走って、走って――息が切れるまで走って、ようやく彼は、自分が安全な場所へと逃げてきたことに気付いた。
「逃げきったのか……」
呆然と呟く。
「残念ながら違うわ…」
ふいに、声。女のものだ。
「誰だっ!」
振り返ると見覚えのある顔があった。隻眼の銀髪の女。かなりの美人だ。
美女はにっこりと笑みを浮かべた。
男は普段なら照れていただろうが、今は逆に戦慄が走るのを自覚した。
――膝蹴りがくる!
男は怯えながら後ずさったが、なにか柔らかいものにぶつかった。嫌な予感を覚えつつ振り返ると、
「!!」
黒ずくめの女がいた。何故だか彼女も笑っていた。手には棒のようなものを握りしめている。
――もうダメだ!
男は悟った。
よく分からないが、もうダメだ。飛び膝蹴りを喰らって、あの棒で打ちのめされるのだ。そして特訓とか称して、そりゃもう凄くて誌面に書くのもはばかれるような、とっても恐ろしい一大拷問をされるのだ。そうに決まってる。
男は恐怖に駆られ、絶叫を上げた。
*
「負け犬の遺伝子(中編)」
*
「嫌だああっっっ」
いきなり上がった絶叫に、私は思わず手に持っていたグラスを落としてしまいました。なんて大きな声でしょう。
「オーナー」
急ぎ足で菖蒲さんが近寄ってきます。
「アッシュ様がお目覚めになりました」
「そのようですね。様子を見てくるので、ここをお願い」
苦笑しながら私は答えて、アッシュさんが寝ている控え室の方へ行きました。あれから店に連れてきたものの、一向に意識が戻らないので、控え室で眠ってもらっていたんです。
「入りますね」
一応ノックしてから部屋に入りました。と――
「うおっ。もうぶたないでくれ」
「は?」
「あ、いや、ちょっと怖い夢を」
よほど怖い夢の見たのでしょう、アッシュさんは呼吸を荒々しく乱したまま、額の汗を拭いました。
「お手拭をお持ちしましょうか」
「いえ結構です。ところでここは? たしか森であなたと模擬戦を――あれ? その後どうなったんだっけ?」
きょろきょろと辺りを見渡しながら、彼。
「Nocheの控え室ですよ。あなたはそのですね、訓練中に頭を強く打って気絶したんですが――覚えていませんか?」
「そうなんですか。ご迷惑をおかけしました」
「いえ。お気になさらずに」
まさか私が思いっきり殴り倒したなんて言えません。覚えていないようなのでごまかしちゃいましょう。いつもの笑顔で嘘を言えるのが大人の女……という事にしておいて下さいな。
そこへ、後ろのドアが開く気配が。
「お目覚めのようね」
「ママさんですか」
「あら姉様。出勤はもう少し遅れると聞いていましたが」
私に尋ねられ、姉様は少し笑みを浮かべながら肩をすくめました。動きに合わせて、お店用の衣装がフワリ、と踊ります。
「ふふ。クロウにアッシュさんの事を話したら、『ちゃんと特訓してやれ』って怒られたわ。それで早く来たの」
「そうなんですか」
「それでね、アッシュさん。アタシに考えがあるんだけど、いいかしら」
「はい」
姉様に見つめられ、一瞬だけ怯えたような表情をしましたが、アッシュさんは背筋を伸ばしました。どんな夢を見たのでしょう?
「昼はだらしないところばかり見せたので、今度こそ頑張ります。もう気絶なんかしませんよ」
「気絶? アナタはオーナーに」
「さあ姉様! 次なる特訓メニューをどうぞ!」
「そういう事ね……」
ああ、そんな冷たい視線で私を苛まないで(泣)。
*
「結論から言って」
「はい」
と姉様は、カウンターを挟んで向こう側に座っているアッシュさんに切り出しました。
「現段階でアナタを強くするのは不可能ね」
「そんな」
ガタン!
――と席を蹴ってアッシュさんが立ち上がりました。一方、姉様は落ち着き払ったまま言葉を続けます。
「まあ落ち着きなさい。レベルが上がらないって言ってるわけじゃないんだから」
「?」
困惑したような表情の彼。
私も姉様の言っている事がよく分からないので、耳を澄ませて聞いてみます。
「昼間のを見てて気付いたんだけど――アナタってハンターの訓練の時は、成績良かったでしょ?」
「はい」
悔しそうにアッシュさんは頷きました。訓練の時の成績が良かっただけに、現状に満足出来ないのでしょうね。
「やっぱりね。汎用性にかけるもの」
軽くため息を吐きつつ、姉様は肩をすくめました。
「どういう事ですか」
「訓練の時はある程度、状況や環境が決まっていたわ。だから教えられた通りの戦い方でもいいのよ。――でもラグオルは違うわ」
なるほど、姉様の言わんとしている事は大体分かりました。
「いつも周囲の状況を考えて行動しなくちゃ。訓練の時は、血の臭いでサベージウルフは寄ってこないし、頭上からラグ・ラッピーが襲ってくることもないわ。ましてや落ちた池の先に偶然、大きな石があるなんてこともね」
「う……」
アッシュさんは黙ってしまいました。確かに真っ正面から戦えば、アッシュさんは強いでしょう。しかし不意をつかれると、一変して脆くなるのも事実です。
彼が押し黙ったのを見て、姉様はどんどん言い続けます。
「ましてやアナタが戦おうとしているのは、高レベルのキリークでしょ。本能のままに戦うことしか知らないモンスターなんかよりもずっと頭が良いし、必要とあれば小細工だってするのよ」
「うう……では、どうすれば?」
「だから、現時点では無理だっていってるじゃない」
姉様、キツイです。
「アナタは戦略というよりも戦術からして――違いは分かるわね。分からなかったら、もう一回森でリコのメッセージ聞いてらっしゃい――弱いのよ。戦いは教科書通りにはいかないわ。オーナーとの模擬戦を思い出してごらんなさい? 彼女の足下に注意していれば、あんな目つぶしなんから喰らわないでしょ」
「ああああ……」
アッシュさん完全に轟沈です。滝のように涙を流しながら、カウンターに突っ伏してしましました。
「そういうモノに対する方法っていうのはね、日頃からあらゆる可能性を想定して、実戦しなければ身に付かないの。それは一朝一夕の訓練でどうにかなるものじゃないわ。付け焼き刃なんて不可能。だから言うのよ――強くなるのは不可能だって」
「あの、姉様」
私は泣き崩れたアッシュさんを指差しました。涙がカウンターからこぼれ落ち、床にシミを作ってます。開店前なのに、床が汚れちゃいましたね。後で掃除しなくちゃ。
「知らずに戦って死ぬよりいいでしょ?――それよりもオーナー」
「はい?」
瞳に警戒心を宿しながら、姉様が私を見ました。そんな瞳で見られることに、ちょっと戸惑います。
「模擬戦でアナタ、アッシュさんの足を踏みつけたでしょ? あれってどこで覚えたの」
「どこでって……私に記憶がないのは、姉様もご存じでしょう?」
私には記憶がありまえせん。
目を開けたら病院のベッドの上で、お医者様から「フォースの訓練中に頭に強い衝撃を受けた」って言われました。
なんでも私はパイオニア1に家族がいて、その安否を確かめるためにフォースの訓練を受けていたそうですが、さっぱり実感がありません。
私はそのままフォースになってマグを貰うと、ただ生活するためだけにラグオルに降りました。不思議と家族を捜そうという気は起きませんでしたね。そして色々な人と仕事をしているうちに、姉様と出会ったのです。
「そうだったわね……。足踏んで動きを止めるなんて、ちょっと凄いなって思っただけだから、気にしないでね」
「ええ」
姉様の瞳がいつものに戻りました。と――
「色々とありがとうございました」
ゆらり、とまるで幽鬼のようにアッシュさんが立ち上がり、頭を下げてから店の出口へと向かいました。心なしか背中に哀愁が漂っています。
なんかもう、そのままラグオルへ降りたまま帰ってこないような、そんな雰囲気ですね。
慌てて姉様が立ち上がり、彼を止めに行きました。
「ちょっと待って。せっかちなんだから」
「? まだ何か」
振り返って、死んだ魚のような瞳でアッシュさん。さすがの姉様も少し引いたようですが、そこはNocheのママ、逃げ出したいのをグッと堪え、自信たっぷりにいいました。
「ポーカーをやっていて、相手の役はフォーカードであなたはツーペア――それでも相手に勝つ方法ってあるかしら?」
「……イカサマするぐらいしかないでしょうね」
「分かってるじゃない」
にこっと姉様は笑みを浮かべました。
「勝てない相手ならイカサマしましょう」
*
「はーい、みんな注目。こっち見て」
ぱんぱんと手を叩いて、姉様が店内のスタッフに声をかけました。開店一時間前なので、十人近いスタッフが集まっています。
「ちょっとみんなの力を貸して欲しいのよ」
「ういーっす」
「なになに、何するの?」
「はい。私でよろしければ」
などと、各人が言いながらカウンターの方に寄ってきます。私は隣りにいるアッシュさんをみんなに紹介しました。
「彼が今回の依頼主、アッシュさんです」
「どうも」
ぺこりと頭を下げました。反応がいまいち冷ややかなのは、気のせいではないでしょう。みんなアッシュさんのあだ名を知っているようです。
姉様は彼の肩に手を置くと、
「彼の事は知ってるわね? 実はね、彼は今度キリークに挑戦するそうなの」
『おおー』
「頑張れ」だの「負けるなよ」とか、返事が返ってきます。アッシュさんは緊張してか、顔を赤く染めます。
私はそんな彼を横目に見つつ、姉様の後を続けました。
「しかし現在の彼のレベルではまったく、全然、確実に、そりゃもう100人中100人が太鼓判を押せるぐらいに勝ち目がありません。というか私だったらそもそも挑戦しませんし、もしそうするなら毒を盛るとか地雷を仕込んだりしますが、彼はつまらないプライドに固執しているようなので、おそらく負けるでしょうと私も姉様も思っています。まあ当人が傷つくので口にはしていませんけど」
「うう……」
「えぐいわ、オーナー」
ずるずると崩れ落ちていく彼を見て、姉様が言ってきます。――そうでしょうか?
「そこで皆さんから有志を募り、彼に強力な武器防具を貸して欲しいのですが、どうでしょうか? 力量の違いはアイテムでカバーする作戦です」
「身も蓋もない作戦だけどね――まあアンドロイドって気配で相手のレベルを悟る事出来ないらしいから、アイテムで強化っていうのは悪くないアイディアでしょ?」
「あのぅ」
と、ホステスの菖蒲さんが挙手しました。そういえば最初にアッシュさんを席に案内したのは彼女でしたね。
「それでは正々堂々とは言えないのでは」
言っている事はもっともですが、正々堂々にこだわっているとアッシュさんはキリークさんに勝てないと思いますよ。
「でもアタシたちだって、弱い頃は先輩方から貰ったアイテムを使っていたじゃない? 強いアイテムを使うイコール卑怯ではないわ。どんなに強い武器や防具を装備していたって、それを100パーセント使いこなせなければ意味がないわ」
「そうそう」
姉様の意見にナンバー1のホスト、フミヤさんが同意しました。彼もレベル100の超絶的な強さのハンターです。
「そりゃ俺やエンデルクなんかが闇討ちしたら卑怯だろうが、低レベルの奴がアイテムで強化したって卑怯の部類には入らねえよ」
エンデルク、とはフミヤさんと仲良しのホストです。彼も素晴らしい腕前の持ち主ですよ。今は別の用事で出かけているので、この場にはいませんけど。
「……そうでしょうか」
ちょっと不満そうに菖蒲さんが黙りました。
気持ちは分からないでもありませんが、今一番重要なのは、アッシュさんがキリークさんを打ち負かして、彼の名誉を挽回させる事です。
このまま放っておけば、彼は負けるのを承知で戦いかねません。死んでは元も子もないでしょう? キリークさんって、手加減してくれそうにありませんから。
「一応言っておくけど、彼のレベルは20で、装備しているのはパラッシュよ。マグは力を中心に成長させているようだから、もう少し攻撃力重視で行くのがいいかもね」
と、姉様が一言。
一斉にみんなが考え始めます。
「アッシュさんとしては、何か希望がありますか?」
「あ、その、強くなれれば、これと言って……」
私が尋ねましたが、返ってきたのは要領の得ないものです。
でも強くなれれば何でもいいというなら、本当に色々ありますよ?
例えば――
「はいはい」
ホストのグルグルさんが元気良く手を挙げました。
あら? 彼はフォースだから、接近戦用のアイテムを持ってるとは思えませんが。
「これなんかどう?」
ごとっ。
「うひぃっ」
情けない声を出して、彼が私に飛びついてきました。
グルグルさんがアイテムパックから取り出したのは、遺跡に出没するモンスター、デルセイバーの右腕でした。取ってきたばかりなのか、腕の切断面から緑の血がジワリとしみ出しています。……これはエグイかも。
あの、こんなものどうして持ってるんでしょう?
「ん? 昨日一緒にラグオル行った人から貰った」
「……報告を聞いてないけど?」
「あれ、そうだった? ママごめんね」
「そういうのは流石にちょっと……」
困ったようにアッシュさんが拒否します。これをモンタギュー博士のところへ持っていくと武器として改造してくれますが、いかんせん見た目が、その……気色悪いですし。
「出来れば一般的な武器がいいかな、と」
「じゃあこれだろう」
リクエストを受けて、フミヤさんは何かを取り出しました。
「『暗殺者のスライサー』だ。これで間合いの外から、憎いあいつをメッタ斬り」
『おおっ』
一同からどよめきが漏れます。間合いの外から攻撃が出来て、なおかつ強力。これはいいですね。
アッシュさんも乗り気になって、早速装備しています……が、顔をしかめて、
「……あの、+99ってどういう事ですか。しかもどのエリアの敵にも60%有効だし」
「決まってるじゃないか」
キラーンと歯を輝かせながら、フミヤさん。ピースしながら、
「チート」
「お止め」
げしっ!!
「うおっ」
背後から姉様の攻撃を喰らい、フミヤさんが倒れます。しかしそこはレベル100。何事もなかったかのように起きあがり、
「冗談です。この間、変なハンターから貰ったんですけどね、処分して下さい」
ハンターズギルドは軍の領域を侵さない証として、携帯可能な武器しか装備しない規則になっています。それを破るとハンターズ資格剥奪という厳しい処分が待っていますが、それでも武器に違法改造を加える者が後を絶ちません。Nocheではそういった品物は受け取ったとしても、処分するようにしています。
「全く……他に何かないかしら?」
「ママからは何にも無しなの」
グルグルさんに言われて、姉様は肩をすくめました。
「アタシの武器ってどれも彼には扱えないわ。フォトン使ってないもの」
現在ほとんどの武器や防具は、光粒子――フォトン製のモノばかりです。
軽くて、安全で、高威力とくれば、誰でもそちらを使うでしょう。しかし姉様は「やはりは武器は『刃』がないとね、ふふ」と非フォトンの武器ばかりを愛用しています。
「やっぱりアナタとしては、出来ればセイバー状のものがいいんでしょう」
「はい。使い慣れていますから」
「そうねえ――ふふっ。それなら、これなんかどう?」
姉様は考えるように眉根を寄せ、顎先に細い指先を当てながら、カウンターの奥へと入ってきます。
「何かあるんですか?」
私がそちらの方を覗いてみると、姉様はかがみ込んで、カウンターの下から何かを取り出しました。
そしてゴトン、とカウンターの上に置きます。
――釘バット。
「………………」
妙な沈黙が漂いました。
あの、どうしろと?
それ以前に何故こんなものが店に?
一同の沈黙は気にせずに、姉様はにこやかに告げました。
「いいわよぉ、これ。基本攻撃力60から装備できる癖に、攻撃力はグラディウス並なんだから――あ、ちょっと釘が錆びてるかもしれないけど気にしないでね、手入れが難しいのよ」
錆びてるって事は一度使ったんですか?
返り血で釘が酸化したんですか?
――答えて下さいな、姉様。
「若い頃にはよくこれで暴れたものよ」
ああ……遠い目をしないで下さいまし。
「ちなみに『鉄パイプ』とか『工事現場の角材』なんかもあるけど、どうかしら? どれも強力よ。『自転車のチェーン』っていうのがあるんだけど、まだアナタはレベルが足りないわね…」
何のレベルですかっ?
さすがのアッシュさんも、かなり嫌そうな顔をして断りました。
「そーゆーイロモノは……」
「まあ…アタシの青春の一ページをイロモノ呼ばわり…!? …良い度胸ね、表に出なさい」
「ひぃっっ!?」
「ねえオーナー、ママの青春ってどんなものだったんだろね?」
「……聞かれても困りますわ」
私がグルグルさんに答えている間にも、アッシュさんは襟首を捕まれたまま引きずられていきます。一同は助けようとする素振りも見せません。そこへ――
「ちわーす、ちょっち遅れました」
ホスト・ラファエルさんが入ってきました。丁度、姉様と真っ正面から向かい合うような形です。彼は目の前に姉様がいることに驚いたようですが、早くも泣きベソかいているアッシュさんを指さし、
「ママ、そいつ誰? 新人?」
「お客様よ」
「ふーん。あんたレベルは幾つなの? そうそう20ね。じゃあこれ使ってくれよ」
ラファエルさんはしゃがみ込んで勝手にアッシュさんのギルドカードを見ると、なにやらセイバーのようなものを彼の手に渡しました。フォトンの発生装置が二つあるようです。
「これは何ですか?」
「おう。ダブルセイバーだな。俺はもっと強い武器持ってるからお前にやるよ。レベル20が装備出来るものにしちゃあ、いい品物だぞ」
ダブルセイバー。結構強力な武器なんですが、レベル100の彼にとっては弱い武器なんですね……うらやましい。
「イイわね」
と、姉様が武器特性を解説します。
「それはセイバーの攻撃力とダガーの速さを兼ね備えた武器よ。片方の刃で斬りつけた隙を、もう一方の刃で補える――キリークの武器との相性を考えれば一番の選択かもね。イイもの持ってたじゃない、ラファエル?」
「ういっす。朝ちょっくら遺跡に行ったときにね」
「じゃあ! これにします」
アッシュさんの顔が輝きました。
*
アッシュさんの武器は『ダブルセイバー』に決定しました。では次は防具ですね。攻撃は最大の防御とは古くから言われますが、しっかりと防御力を高めるのに越したことはありません。
「アナタの今のフレームとシールドは?」
「え、とソリッドフレームとハードシールドです」
「じゃあまずはシールドからね。これをお使いなさい」
と、気軽に姉様が手渡したのは、なんとインビジブルガードでした。低レベルでも装備出来てしまう高性能の盾。パイオニア1にもわずかしか配備されていなかった、貴重品です。
「おおっ」
アッシュさんが歓喜の声を上げ待て、盾を装備した腕を嬉しそうに振ります。
「なんかもう、いきなり強くなっちゃいましたね」
「まだよ。盾は回避力上昇がメインだからね。問題は鎧よ」
「はーい。それなら私にいいものがありますよ」
と、自信たっぷりに私は手を挙げました。一同の視線が注目して、なんだか恥ずかしいですね。
「この間、洞窟に潜った時に良いものを拾ったんです。ちょっと待ってて下さいね」
私もアイテムパックに手を入れて、ごそごそと探します。
――あれ? 確かこの辺りに。
「これかしら?」
「生マグ? 確かに珍しいけど」
「違いました。こっちですね」
私が取り出したのは、貰ったばかりのマグを思わせる物でした。マグと違うのは、姿がどこか昆虫を思わせる外骨格をしている事です。それがモゾモゾと私の手の上で動くので、くすぐったいですね。
「ちょっとオーナー、それって」
思わず姉様は後ろに引きました。さすがにこれを知っているようです。一方、アッシュさんは興味津々といった表情で、
「なんですか、これ?」
と言いながら、のぞき込んできました。私は説明してあげます。
「洞窟で遭った、でっかい虫を覚えてますか? 『デ・ロル・レ』という名前で、空を飛んで口から光線を吐く、ムカデのような……」
「ああ、あれですか。ちょっと手こずりましたね。やたらと堅いし」
「それなんですよ」
「は?」
きょとん、と彼。
みなさんはもうお気づきでしょうか? これは寄生防具『デ・ロル』です。その人に寄生して防御力を高めるという防具。性能はとても良いのですが、アンドロイドの方は装備できませんのであしからず。
「もうこれを装備したら、キリークさんなんか怖くないですよ」
「ええっ! そういうのは嫌ですよ」
「怖がる事はありませんわ。さあ、ぐぐっと!」
何故か分かりませんが、アッシュさんは嫌がっています。強いのに何故でしょう?
私は続けて力説しました。
「どこが気にいらないんですか? 属性防御もバッチリですし、なんとスロットが三つもあるんですよ、三つも。私の装備している『ジェネラル/バトル』と一緒に装備すれば、もう誰も、あなたを『貧弱な坊や』と陰口を叩きませんわっ!」
「でも見た目気色悪いじゃないですか」
むむっ? 見た目で判断するとは何事でしょう。この『デ・ロル』だって心を持ってるんですよ(多分)。
私はカウンターの下から小さな箱を取り出すと、ずいっと彼の前に押し出しました。
「ではこの痩せる石鹸もセットでどうぞ。空いているスロットに装備すれば、そこはかとなく良い薫りがして、きっとあなたもデ・ロルを好きになれますわ」
『ならない、ならない』
一斉に突っ込みが入りました。名案だと思うんですけど、石鹸。
もしかして――
私はハッと閃いて、カウンターの下から別のものを取り出しました。
「痩せる石鹸よりも、この小型ミシンが欲しかったんですね? なるほど、これなら厚いデニム生地のボタン付けも簡単に」
「違います」
何故か半泣きになりながらアッシュさん。……ひょっとして磁気ネックレスの方がよろしかったのでしょうか?
「しつこいわ、オーナー」
あら、心を読まれてしまいましたね。
姉様は私の手から、ひょいとデ・ロルを指でつまみ上げると、
「あのね、オーナー。これって装備可能レベルがすごく高いのよ。ええと……」
「65からですわ」
後ろから菖蒲さんの助け船。
「そうそう。それくらい必要なの。じゃあ、レベルがそれ以下の人か装備するとどうなるか――知ってる?」
「もちろんですわ」
ぐっと拳を握りしめ、私は続けました。
「文字通り寄生された挙げ句に、デ・ロルに支配されてしまうのですわ。そしてゆくゆくは人命を脅かす悪魔の使者にだ〜い変身」
「わかってるのにどうしてっ?」
アッシュさんがほとんど悲鳴に近い声で叫び、大股で私に近寄ってきます。その時に姉様にぶつかり、姉様はデ・ロルを落としてしまいました。
「何を考えてるんですか、あなたは!」
私は視線を逸らしつつ――そのおかげで、ラファエルさんがデ・ロルを拾い上げるのが見えました。もしかして装備するのでしょうか?――、ぼそぼそと言いました。
「あのですね。デ・ロルに寄生されてパワーアップした、破壊と殺戮の権化にしてちょっとだけ悩ましげな姿のアッシュさんなら、必ずやキリークさんを倒せるのではないかと思ったんですよ」
「どんな理屈よ……」
姉様の呆れた声が聞こえてきましたので、私はちょっとだけ口をとがらせて反論します。
「でも姉様。万が一アッシュさんが暴走したままになっても、ギルドに新しい依頼が入るだけですから、別にいーじゃないですか」
私に言われて、姉様は考えるような表情をしました。腕を組み、目を閉じて黙考。
やがて――
「……そうね。デ・ロル・アッシュ(?)の退治も悪くない依頼ね。簡単そうだから新人教育に使えそうだし。――依頼料はどれくらいかしら?」
「というか彼が怪物になっても、せいぜい幼稚園児を泣かせるぐらいが限界でしょうから、そんなに高くないと思いますわ。高額賞金が出るのならせめて、貯水タンクに何故か語尾が『〜ですぅ』になってしまう薬ぐらい混ぜてもらわないと……」
「実害がありそうで、なさそうね、それ」
「タイレル総督のあの顔で、『可愛いリコたんの捜索を頼むですぅ。お願いですぅ』って言われたら、ものすごく怖くないですか?」
「……思わずメギドしちゃうかもね」
「あんたら人でなしかっ!!」
何かに耐えかねたように、アッシュさんが叫びます。
しかし次の瞬間、彼のものよりも大きい叫びが、店内に響き渡りました。
「うおおおおっっっ」
何事かと思ってみると、案の定、ラファエルさんがデ・ロルを装備したところでした。
デ・ロルのお尻のあたりにあった針が、彼の皮膚にずぶずぶと刺されていきます。同時、体中の血管が浮き上がり、音を立てて筋肉が盛り上がっていきました。食いしばった歯の隙間から、ぶしゅーっと蒸気が吹き出ます。なんだかオーラまで出ちゃってますよ。
「むうううう……」
なんだか世紀末覇王って感じになったラファエルさんが、満足げに手のひらを開いたり閉じたりしてます。身体が一回り以上大きく見えるのは、気のせいではないでしょう。
「いい……いいぞ。すこぶる好調だ! これぞまさに俺が長い間求めていた、究極の力! ラグオルの神秘!」
そして拳を突き上げた格好で、天を見上げながら高笑いします。
「ふわーはははっ! 我の前には何人たりと立つこと敵わず、ひれ伏するのみ!」
どこの誰ですか、あなたはっ!?
スタッフが彼の周囲から離れたのを確認すると、私は意識を集中し、空気中にナノマシンを分散させました。
「我を敵にまわした者の頭上には、夜であれば死兆星が輝くであろうっ。万物は我の元に平等なりぃっ」
そこで、ラファエルさんはバッと両腕を広げ、
「さあ、この世の全てよっ!俺を愛していると言ってみろぉっ!」
「稲妻の剣よっ」
ピッシャーーンッ!!
ナノマシンによってイオン化した空気の道を通って、私の放ったラゾンデがラファエルさんの頭上に炸裂しました。
「うごメキョッ」
人外の叫び声を上げてラファエルさんは倒れました。イイ感じに黒焦げになっています。
しゅぅぅ……と煙を上げ、パンチパーマになったラファエルさんに向かって、私は告げました。
「奇怪な言動をしないで下さい。店の品位が落ちますわ」
「あの、大丈夫ですか」
私が言ったその隣で、アッシュさんが心配そうにラファエルさんに近づいていきます。
気にしなくても大丈夫ですよ、私よりレベル高いですし。
アッシュさんは彼の身体からデ・ロルを取り外すと――外すのは簡単なんですね――、ビタビタと頬を軽く叩きました。
「う、うう……」
案の定、軽く呻き声を上げながらラファエルさんが目を覚ましました。しかしまだ意識がしっかりしていないのか、目の焦点が合っていません。彼は一人呟きました。
「俺は、そう、選ばれて、神になって」
「ちょっと姉様、彼、寝言にしてはスゴイ事を口走ってませんか?」
「ええ。痛い目に遭いたいようね」
「そして天啓として神の光が降り注ぎ……あれは、そう、電撃だ」
だんだんと焦点が合ってきました。同時に、呟きにも力が戻ってきます。
「あの電撃にも似た痺れは、ひょっとして!」
ガバッと彼は腹筋の力だけで跳ね起きました。そしてなんと、近くにいたアッシュさんに抱きついちゃいました(!)。
「あれこそ、あ〜い〜の〜め〜ざ〜め〜っ!!」
「うわあ、俺はノーマルだ、放してくれぇっ」
二人そろって店内で、くんずほぐれつ状態。あら、どうしましょう。ドキドキ。
そんな事を思っている私の隣で、姉様がラフェイエを唱える準備をしていました。
……どうやら防具は後回しのようです。
*
「はーい。オーナーにママ、提案があります〜」
遅れて店にやってきた、ホステスのフィーバスちゃん(フォニュエール)が挙手しました。学校じゃないので、手を挙げる必要はないんですけど。それと営業開始30分前までには出勤してくださいね。今日は大目に見ますがほとんど遅刻ですよ。
「今、アッシュ君が装備してるのって〜、ダブルセイバーとインビジブルガードと〜、それとソリッドフレームだよね〜」
「ええ。フレームは変える予定ですけどね」
「レベル20って微妙なところなのよね。難しいわ」
「そうじゃなくて〜」
彼女は語尾を伸ばす妙な癖があります。聞いている方は力が抜けるしゃべり方ですが、それが個性と言えば個性ですね。
「見た目がさ〜。ヨワヨワだよね。装備と釣り合ってないってカンジ」
『!』
思わぬ盲点を突かれて、店内の一同が声を失いました。そして先ほどラファエルさんの巻き添えを食らい、黒焦げになったままのアッシュさんを一斉に見ます。
レベルの割には強力な武器防具でパワーアップした彼ですが、言われると確かに貧弱な印象が消えていません。
このままでは、気配を感じないというアンドロイドの特性を逆手に取った、『生まれ変わった俺様の実力と素敵な武器にビビリやがれぇー』作戦が通用しません。あっという間に実力の差を見切られて、動揺などしてくれないでしょう。
「どうしようかしら、オーナー」
「そうですね……」
私は少し考えました。そして控えめに答えます。いまいち自信が持てないんですよ、この意見。
「ちょっと外見を変えてやればいいんですから、いかにも熟練を積んだハンターという感じのする化粧でもさせてみたらどうでしょう。――幸い道具は沢山ありますし、私たちもお化粧には慣れていますし」
私の提案に、女性陣が笑みを浮かべました。なんだか妙に迫力がある笑い方だったのは、気のせいでしょう。多分。
「イイわねえ」
姉様が含み笑いをすると、その隣で菖蒲さんがいそいそと化粧道具を用意しています。
「実は私、一度でいいですから殿方に化粧をしてみたかったんですよ」
「気絶してるからやりたい放題ですしね」
「あら綾辻さん、いつの間に?」
「ずっといましたよ。一言もしゃべらなかっただけで」
「はーい。あたし口紅つけるね〜」
「ではアタシが洗顔をしてあげようかしら。うふふ、綺麗な子にしてあげるわ」
「控え室へ連れて行きましょう。大きな鏡が必要ですから」
「おっ。力仕事なら任せな。男でも綺麗にしてやるのが、愛の使者たる俺の役目」
「ありがとうラファエルさん」
アッシュさんを担いだラファエルさんを筆頭に、女性陣がぞろぞろと控え室へと入っていきました。
*
女の子というのは程度の差はあれ、幼い頃に人形遊びをするそうです。
私は記憶がないので何ともいえませんが、おそらくは遊んだ方だと思います。私の部屋には色々な人形がありますからね。
ちなみにお気に入りは、衝動買いした原寸大の青いラグ・ラッピー人形です。毎晩、寝る前に頭をなでなでしては、「レアアイテムを落とせ〜」と話かけています。
さて、私たちの目の前に、男の子の人形があります。名前は……アッシュとしておきましょう。
みんなでよってたかって好き勝手に化粧をしたので、アッシュはそれはもうスゴイ状態になっちゃっています。
各人で好き勝手にファンデーションを塗ったので肌の色は滅茶苦茶ですし、紫色の口紅は大きく口からはみ出て、もはや口裂け女状態。かなりキツイ色のアイシャドウの下では、少女漫画のように長い付けまつ毛が、妙なカールを描いてますが――それは右目だけだったりするので、顔全体を見るとバランスが悪いです。
なんかもう、化粧しているというより、人の顔に絵の具を塗っていると言った方が近い感じでした。
手の爪にもしっかりマニキュアをしましたよ。もちろん色はバラバラです。
今から思えば、そんな状態でもまだマシでした。
少なくとも、フィーバスちゃんがこの提案をするまでは。
「せっかくだから女装させてみない〜?」
……かくして彼の不幸は、加速度的に勢いを増していくのでした。
*
「あの、質問。なんで俺、目隠しされてんですか? しかも後ろ手に縛られてるし」
「…ふふ。気にしない事よ――それともこういうの好きだから、もっとやって欲しいのかしら?」
「そ、そんな!」
姉様の言葉に、アッシュさんは顔を赤らめました。短いつき合いですが、なんだかもう次のリアクションが読めてきましたね。
彼は鎧を脱がされた状態で椅子に座り、後ろ手に手を縛られています。……あっ。「鎧を脱がされた」と言っても、下着姿というわけではありませんよ。鎧の下に着ているインナースーツだけの姿になったという事です。もし彼が下着だけの姿になったら、菖蒲さんなどはこの場に居られませんからね。
「ん〜、待っててね〜」
とフィーバスちゃんが、彼の回りをウロウロしながら語りかけます。
「一目見ただけで、どんな強敵も逃げ出すようなすごいメイクしてるからさ〜」
「じゃあなんで顔を隠すんですか?」
「お・た・の・し・み〜なの」
その後ろでは、姉様が色んな長さのウイッグを手に持って、菖蒲さんと話し合ってます。
「菖蒲はどれがいいと思う?」
「そうですね。アッシュ様にはこれが宜しいかと思います」
「全体的なボリュームを考えると、こっちの方がよくないかしら?」
「しかしこっちの方ですと、染めるのが楽ですよ」
「ボリューム? 染める?」
一人だけ状況が分かっていないアッシュさんは、疑問記号を浮かべてます。姉様はいつもの優しい声で告げました。
「アナタは気にしなくていいわ。色彩による心理作戦も考慮してるのよ」
「本格的ですね」
「ええ」
にこ、と姉様。さすが大人の女、嘘がお上手で。
「じゃあこれにしましょうか」
「えー、そんなのダメですよ」
私は化粧台の椅子を踏み台すると、棚の上にあった箱を降して、その中にあるカツラを取り出しました。
――七色アフロ。
「それ採用」
笑いをかみ殺しながら、姉様がOKサイン。一方、私の後ろでは綾辻さん(フォマール)が、一生懸命衣装を選んでいます。
「オーナー、これはどうでしょう」
「そうね……」
綾辻さんの持ってきた衣装を、アッシュさんの身体に合わせながら答えます。
彼女が選んだのは、袖や裾がふわっとした、フォースの戦闘服に近い感じのものでした。
しかし似ているのは形だけで、色はどぎつい蛍光ピンク色。下品すぎて誰も着ない服ですね。開店するとき、確か姉様が冗談半分で持ったきたものですが――まさか着る人が現れようなどとは。
私は少し考えて、真面目に、もっともらしく聞こえるように答えました。
「腕のところが細いかしら。これでは動きづらくて攻撃力を殺しますよ」
「しかし裾や袖の防御力は侮れませんわ。その事は私たちフォースの服装で証明済みですし、それに見た目よりも通気性が良いので、長期戦にはこれが最適かと思います。暑さで無駄な体力を奪われることの方が、より危険だと私は思います」
「そういう考えでしたか……。ではそうなると、ここを縫い直しましょう。針と糸を取ってくださいな」
「オーナー、こういうのは私に任せてください。研究所でよくやっていますから」
「ではお願いしますね」
「いや〜、みんな一生懸命で嬉しいです。俺、絶対にキリークに勝ちますね」
一人だけ呑気にアッシュさん。
あなたがそんな性格だから遊ばれてるんですが、そこのところ理解しているんでしょうか? まあそこが良いところでもあるんですけどね。
――そんなわけで、さらに時間が経ちました。開店十五分前です。
「さあ、アッシュさん、これをお持ちになって」
「はいっ」
私から手渡された『釘バット』をしっかりと握りしめ、アッシュさんは左腕にシールドを装備しました。その間に、菖蒲さんとフィーバスちゃんで彼に衣装とフレームを着させてあげます。
一通り装備し終わった後で、姉様が彼の後ろに回り、目隠しをほどきつつ、
「さあ、生まれ変わった自分をどうぞ」
「よしっ!」
気合いと同時にアッシュさんが目を見開きました。そして――
「なんじゃこりゃぁっっ!」
身長ほどもある姿見に映った自分を見て、絶叫を上げました。
彼の後ろで女性陣が歓喜の声を上げます。
「作戦成功っ」
面白すぎますわ。アッシュさん、あなたって美味しいっ!
普段は冷静な姉様や、滅多に歯を見せて笑うことのない菖蒲さんまでもが、お腹を抱えています。大成功です。おそらくラグオルで一番凶悪な生物の誕生です。
「お、お、お……」
一方アッシュさんは、何やら叫ぼうとしていますが、あまりのショックで声が出ない模様です。鏡に映った化け物をぼーぜんと見つめ、プルプルと釘バットを持つ手を震わせています。
「わーおっ!」
そんな彼の背中に、トドメを差すようなフィーバスちゃんの一言。
「うん。あたしがキリークだったら、絶対に逃げるね〜」
「っちょっくしょおっっっっっっ!!!」
その一言でキレたのか、アッシュさんが突然釘バットを振り回し始めました。必要筋力60にして攻撃力がグラディウス並という、色んな意味でデタラメな武器が宙を切り裂きます。
「馬鹿にしやがっってぇぇっっっ」
「きゃあっ!」
「あーれー、アッシュ様落ち着いて下さいましっ」
「落ち着けるかっっ!」
私たちの言葉には耳を貸そうとはしません。それどころかますます凶暴になっていきました。頼りになる姉様と言えば、まだお腹を抱えて笑っています。
姉様! 指差して笑っていないで助けて下さ……て、い〜や〜っ! 彼と眼が合っちゃいましたぁっ!
ちょ、ちょっと、こっちにこないでくださいな。その格好で釘バットは凶悪ですわ。
こっちは顔を見るだけで、その、笑いが、う……ぷっ、くっくっく……ぷ……ぷ……出て、くるんですから。
あ、イヤだ……すね毛丸出しで飛びかかってこないでぇっ!
ってゆーか、ヒラヒラが! ピンクのヒラヒラが宙を舞うのは反則でしょ!? ヒラヒラとすね毛が、襲ってくるぅ!! しかも七色アフロぉっ!?
……誰よ、あんなの着せたのはっ!?
すっかり阿鼻叫喚の地獄となった控え室の中に、彼の絶叫がこだましました。
「あんたらなんか、大っ嫌いだぁぁっ!」
次回予告:
「オーナー、ホントに決着が付くの、この滅茶苦茶な話」
ええ、つけて見せますとも。でも実は、前後編の二話構成だったのは秘密です。ラファエルさんを書いていたら止まらなくて。やっぱり「あ〜い〜の〜め〜ざ〜め〜」は強力すぎましたから。
「本人が傷ついたらどうするのよ? 菖蒲とか綾辻とか二、三回しか喋っていないし」
うーん。スタッフ全員分を喋らせるのって難しいですよ、姉様ぁ。
「文章力のなさを人のせいにしないの」
あう。それを言われると……。ちなみに今回の裏テーマは「北◯の拳」でした。
「……あなた、一体に何を読んでるよ? あんなキッツイ漫画」
知り合いから言わせると、『テーマに比べたら、まだ絵が甘いっ!』そうです。発言だけ見ると誤解されそうですが、先ほどの台詞を言ったのは女性ですよ。
「あなたの知り合いって何?」
いえいえ、当時18歳未満のくせに、18禁の本を『書いていた』強者なだけです。
では気を取り直して、次回、「負け犬の遺伝子(後編)」をお楽しみに。